Target22 雷鳴
夏休みです。
学校には部活に来ている生徒や、日直の先生ぐらいしかきていない。
いや、重要な人を忘れてるじゃないですか!
「並盛大好き、学校大好き、つーか私も大好き雲雀さん」
「何言ってるの」
うう、夏休みもほぼ毎日雲雀さんに会えるから、もー幸せで幸せで幸せで…(強制終了
「それより、遅かったね。8時半には連絡してたよね、草壁が」
「うー、そこです! なーんで雲雀さんからの電話じゃなくて草壁さんの電話なんですか! モーニングコールは雲雀さんの声が良かったのにー!」
「僕に言わないでよ。僕はかける気でいたよ」
でも、草壁が『委員長のお手を煩わせる訳には行きませんので!』とか言って、すでにコールしてた。
あの副委員長……私のささやかな野望を……!
…だけど、雲雀さんがかけようとしてたことを知って嬉しくなった。うん、元気100倍!
「で?」
「はい?」
「僕の質問にはまだ答えてないんだけど?」
「ああ! あのですね、前に約束したじゃないですかお弁当作ってくるって。
本当は今日、お昼からの仕事の予定でしたから焦る必要もないかなーって思ってたら、連絡が来て焦って作ってたんですが…8時半には間に合わなくて」
ほら、材料の賞味期限とかありますから、今日中に作らなきゃって思って…。
私が一生懸命本当だけど言い訳のように聞こえることを言ってると雲雀さんは「ふーん」って。
うう、興味ナシですか? もしかして遅刻したからトンファー!?
「もういいから、これ今日の分の仕事。昼までに終わらせて」
そう言って雲雀さんは書類を私に渡してきた。
「あれ? 怒らない、ですか?」
「怒ってほしいならトンファーが飛ぶけどいいかい?」
「いえ! ありがたくご好意承ります!」
なんだかんだ言って雲雀さんやさしいから好きですー!!
「早く終わらないと、僕1人で食べるから」
「ああ! ご一緒してくれるんですか!? だったらマッハで終わらせます!」
雲雀さんと一緒にいる時間が増えて…ああ嬉しい!
+
お昼を雲雀さんと一緒に食べることが出来て、もう幸せ絶頂!
もう心も体もホクホクしてる私は、昼からも一生懸命仕事。
「あれ…この書類、野球部ですね。監督の印鑑がありません。というかなんでこんなのがここに?」
「ああ、前に野球部の生徒が打ったボールが窓ガラスを割ったときのだよ。…ふーん、記入漏れか、いい度胸だね」
「…これ、私今から貰ってきますよ! 確か野球部は練習でグラウンドに居ますよね!?」
「じゃあその間に見回りに行ってくるけど……僕が帰ってくるまでには仕事終わらせてなよ?」
了解でっす!
私はそう笑顔で応えて、書類持ってグラウンドへ向かった。
「うぉーーーい、山本ー!!」
「っ。久しぶりだな」
呼びかければ、ちょうど素振りをしている山本が手を振ってくれた。
私は中に入っていいか断りを入れて、グラウンドに入る。
山本はまだ、怪我が完治してないから…本格的な練習が出来ないんだっけ。
「そうそう。補習の課題、大丈夫だった?」
「ああ、メールで聞いた問題のことだろ? あれ坊主が解いてくれたんだぜ?」
「…さすがリボーン、スーパーベイビーは人智を超えるか」
昨日、山本はツナの家に居たらしい。獄寺も一緒だったんだけど…。
その時、問7だけは頭のいい獄寺も、他校の頭いい子も解けなくて手一杯。
そこで私に聞いてきてくれたんだけど、獄寺ほどじゃない私の頭で分かるわけもなく…。
よかった、解けたんだ。
「あれが解けなかったら落第だったからなー」
「えぇ!? そんな重要なことだったんだ…」
「まぁまぁ。それより、なんか用事で来たんだろ?」
腕章つけて書類持ってるから、風紀委員の用事だって分かったみたいで。
「あーそうそう、野球部の顧問の先生に用事! ここにいる?」
「おー今呼んできてやっからちょっと待ってな」
山本が呼んできてくれた監督に、ちゃんと印鑑を押してもらった。
その時発覚したことだけど、窓ガラスを割ったのは山本だったらしい…さすがというかなんというか。
「まだ仕事あるのか?」
「うん、山本もでしょ?」
「どーだろうな。さっきまで野球部のやつらと話してたんだけどよ…雲行きが怪しいからな」
そう言って指差す先には…大きな入道雲。
晴れているけど…風に乗ってあの雲がこっちにきたら大雨だろうなぁ。
「ありゃ、雷も鳴りそうだから…多分そろそろ帰るだろうな」
か
み
な
り
「……どうした、?」
「…雷、鳴るの?」
「そりゃあんだけ暗いと鳴るだろ? もしかして、苦手か?」
ウッ!
「い、いやー! ほらさ、落ちたらまた仕事増えるだろうなぁって思っただけだよー。じゃ、私まだ仕事残ってるし、山本も頑張ってね!」
「おう、もなっ」
嘘つきました。
私は、雷なんて、大嫌い。
貰った仕事は全部終わらせて、後は雲雀さんが帰ってくるのを待つだけ。だけど…雲雀さんは遅い。
遅いんですって、雲雀さん! 雲雀さんが帰ってくる前に、雨降り出しちゃってるじゃないですか!!
なんか空は暗くなってるし…やばいやばい、雷が鳴る。
「怖い…」
大丈夫、何もない。
そうだ、冷房を切らなくちゃ、こういうとき、電気が流れるものから極力離れなくちゃ。
いろいろ不安になって、とりあえずリモコンで冷房を切った、その時。
ピカッと空が光った。
追いかけるように鳴り響く音。
ああ、雷鳴が轟く。雷なんて大嫌いなのに。
+
まさか、こんなに雨が降ってくるなんて思ってなかった。
いつも通り見回りして、いつも通り群れてた奴咬み殺してた。
そうしたら予想外の大雨。僕もこの雨にやる気が失せる。
「帰ろう」
も待ってる、はず。そう思って傘もささないで並中まで戻る。
帰りに走って帰る野球部とすれ違う。この分だと、他の部活も皆帰っただろう。
空に稲妻が走る、すごい音。
は何してるんだろう、この雷でも動じないのか…女の子らしく怯えているのか。
…後者は無い。きっと応接室に入ったら、けろっとしてるんだよ。
そう思った僕は、面を食らうことになる。
応接室のドアを開けたら…そこにの姿は無かった。
「?」
名前を呼んでも、返事が無い。まさか、この雨の中帰ったの? …いや、荷物が置いてある。校内のどこかに居るのだろうか。
まぁいいや、帰って来たらいつもどおり咬み殺して……雨が止むのを待って帰ろう。
僕は机の方まで歩を進める。そこで初めて、人の気配に気付いた。
「…」
だ。
は机の下で丸まっている。耳を塞いで…力強く目を瞑って…泣いて。
「…?」
まさか…は、雷が嫌い?
僕は屈んでの名を呼ぶ。は僕の声を聞いていない。
「ちょっと、…」
また、音が鳴る。さっきより大きな音に、僕の声はかき消された。
それには体をビクつかせて目を見開いた。
そこでやっと、僕の姿を確認した。
「ひ、ばり…さ…」
また…目に涙を溜めている。
「…」
泣いて、恐がって、
こんなに弱弱しく僕の名を呼ぶを…僕は知らなかった。
いつの間にか僕は、の腕を引っ張ってその体を抱きしめていた。
雨で濡れてるけど、まぁいいや。今はこんなを見ていたくない。
いつも笑ってたんだ、僕さえ恐がらなかったんだ。
なのに彼女は今、小動物の如く怯えてる。
「ひば…り、さん…?」
「いいよ。君は何も聞こえないし、見えてない」
の視界も、聴覚も、今は僕の存在でかき消す。
「恐くないよ、こんなの」
だから泣くな、もう。
「ッ!」
また雷鳴が聞こえる。どんどん近づいているようだ。
防ぎきれていない音は、をさらに怯えさせる。
「…大丈夫」
僕はさらに強く彼女を抱きしめる。
は僕に体を預けている…小刻みに体が震えている。それだけ怖いって事?
安心して、。
もう何も恐くないよ。
僕が居るだろ?
君が傍に居たいと言った僕が、ここに。
+
私が気付いた時は…すでに空は晴れていた。雨上がりの空は、とても綺麗に澄んでいて…。
私はそれを、誰かの肩越しに見てる。
そう、肩越し―――――。
「ッッッ!!!」
雲雀さん!? 私は現在進行形で雲雀さんに抱きしめられてる!?
なんで…ああ、そうか!
雷が鳴ってて、恐くて机の下に居たんだ。そうしているうちに、雲雀さんが来て…それから…。
「起きたの?」
「ヒッ!」
ふと耳元で声が聞こえてびっくり! ぎゃー!!
「ご、ごめんなさい! 迷惑をかけました!」
「…ほんとだよ。腕のところ、掴んで離さないから」
そういえば、私まだ掴みっ放し…!
私はそれを離して、雲雀さんから離れようとするけど…雲雀さんは動かない。
私の背に腕がまわってるせいで、私も動けない。
「あの、雲雀さん。もう大丈夫なんで…離れますよ?」
「いいよ、このままで」
「っでぇ!? 辛いでしょう、この体勢でずっと…」
「うん、かれこれ1時間は経つかな」
1時間もこんな状態って…アンタ、大変ですがな!
私もよくのん気に寝てたな…。よ、ヨダレとか垂れてないよね!? ああー鼻水とか…泣いてたし…。
お・乙女の神秘がことごとく…!?
「大丈夫、時々は抱えなおしたりしてたしね」
「…そういえば、私の頭の位置が変わってる…ってそうじゃないですよ! 迷惑でしょう、私!」
「だからいいって言ってるよね。あんまり煩いと咬み殺すよ」
なーぜー!?
そう思ったけど、何か言ったらトンファーかゲンコが飛んできそうだから黙っておく。
「いつも…」
「はい?」
「雷の時、あんなふうにしてたの?」
なんでかわからない、雷が異常に怖い。助けてって叫んでも、雷鳴が遮って誰も答えてくれない。
…孤独で、怖くて、音が心を掻き乱して。
誰かと一緒にいても恐怖は迫って来ている。そばにいる人も幻なんじゃないかって…怖くて誰かの手を離さなかった。
でも、成長するにつれてそんなこともできなくなって。
私はただ独りで…。
「なんでだろ…怖いんです」
誰が居ても、孤独感を味あわせる雷が嫌いで堪らない。
「…予想外だったよ」
「え?」
「僕、戻ってきた時…はどうせけろっとして、雷見てるんじゃないかと思ってた」
…どんな印象ですか、私。相当勇ましいじゃないですか!
「でも、びっくりしたよ。入ったらがこんなとこで蹲って泣いてるんだから」
…そういえば、泣き顔見られた…!
「ほんっと迷惑かけました!」
雲雀さんの手を煩わせてしまった…とんだ失態!
私は強くないと、雲雀さんの傍に居られないのに…弱いって思われたかな?
そんなこと思ってると、ふと力が緩められた。
私はそっと雲雀さんから離れて…俯いた。
「…怖かったら、呼びなよ」
かけられた言葉は、とても優しい声で。
「僕を、呼べばいいんだ」
ひどく、安心させられる…その声に。
「え…?」
私は顔を上げた。雲雀さんは私の顔を見てる。
「どこかで1人で泣いてるんだなって思うと、鬱陶しいから…目の前で泣かれてたほうがいい」
「おおぅ、なんか乙女としてはきついですねその言葉」
…言葉はきつくたって…それでも私は、嬉しかった。
「ありがと、ございます」
雲雀さんが、傍にいてくれることが、何よりも。
「僕が手を離さないでいてあげる」
雷が鳴っても孤独じゃない。
私は、ここにいる。
雲雀さんの隣にいる。
私はまた、泣いてしまった。
それでまた、雲雀さんの腕の中だ。