私がこの世界に来て、すでに半年が経過していた。 もう、私は幕末と言う時代に慣れてきてしまい、ここが自分の世界なんじゃないかという錯覚にさえ陥りそうだった。 でも……咄嗟にでる現代語、外来語を口にすると、やっぱり私は皆と違う存在なんだと分かる。 ……お母さん、何をしてるのかなぁ。 「、おまえ立ったままぼーっとしてるなよ。浪士に斬られるぞ」 「うへぇ。私はそんなヘマはしませんよ」 あれから、私は斎藤の言うとおり三番組に配属されて平隊士と同格になった。 稽古の方は後回しで、隊務優先と言う形になり……剣の訓練も受けている。 ぶっちゃっけ、全然使えないけどね! ははーん! そんな私をかわいそうに思ったのだろう、他の隊士も情けをかけるように優しくする。 最初のような刺々しさや、疎外感は感じなくなった。 んで、ただいま、私たちは巡察の途中なのだ。 「……斎藤、じゃなかった…組長、問題ないんで帰りましょー」 「まだ途中だ」 「わぁ。真面目ですね組長ってば」 「お前が不真面目なだけだ。いつ、どこに不逞な輩が現れるのか分からない以上、手を抜くわけには行かない」 「ですよねー」 相変わらず厳しい一言。まー…私が完全に“男”として隊務に参加しているときは大体こんな感じだ。 でもさぁ、今まで喧嘩だったり強請りだったりは止めてるけど、命のやり取りは見当たらない。 今日なんて騒ぎはまるでないし。新選組って……意外に地味な仕事が多いのね。 「……雪村だが」 「はい?」 突然の話題の振りに私は首を傾げた。千鶴ちゃんが? 「……副長に外出許可をもらえるようだ」 「本当!?」 「ああ、明日の巡察。総司か平助……恐らく総司の一番組に加わるだろう」 わーやっと、やっとだよ千鶴ちゃん! 良かったねぇ! 「さいっ、…組長が取り成してくれたんですか?」 「剣の腕は問題ない、という事だけは伝えた」 「そっかぁ……、きっと千鶴ちゃんも喜ぶんだろうな」 今は夜、帰ったら千鶴ちゃんは寝てるだろうし……伝えられないなぁ。 まっ、土方さんから直々言われるんだろうから、私から言わなくてもいっか! 「自分のことのように喜ぶんだな」 「そりゃそうですよ、大親友ですから。それに…」 千鶴ちゃんは半年以上ずっと我慢してきた。探しに行きたくても行けなくて…でも約束を守らなくちゃいけなくて。 気になることもいろいろあったのに、それでもやっぱり我慢していた。 千鶴ちゃんの忍耐力の強さには感服だ。 「あ、でも待ってくださいよ。私、聞いたんですけど。最近、長州が不穏な動き見せてますよね」 尊王攘夷で、幕府に仕える新選組とは何においても正反対。 もし、過激派が今日をうろうろしてたら、斬りかかってくることも考えられる。 そ、そうなったら千鶴ちゃんが……可愛い千鶴ちゃんが…! ぎゃーす! 「だから土方副長もいい顔をしては居ない」 「危ない、ですもんね……! ん? 私は? 危ないって時になぜ平然と外に借り出されてます?」 「お前は問題ないと、副長の判断だ」 土方コノヤロー。 私だって可愛いオトメなんだぞ! ちょっとぐらい危惧してくれたっていいと思うんですが! あれか、お前も私を女と見てないのか、チクショウめ。 …確かに、男装は似合いすぎてるよ。女だなんて疑われたことはないよ! 「…ふっ。まぁいい、それだけ私の実力を認めてるってことにしておこう」 「どうした?」 「気にしないで下さい。組長には分からない事情ですぜ」 土方さんには帰ったら文句を言ってやる。 この半年間で、私の発言力は何か知らないが強くなっているようです。 ま、私が珍種(女にしちゃいろいろ強い)だからかもしれないけど、土方さんにもいろいろ言えるようになった。 でも、さすがに睨まれたりしたら耐えられないけどね! 「……京の町中で綱道氏らしき人物を見かけたという証言も上がっている。これ以上機会を見送り続けたら、綱道氏捜索もこのまま進まないままだろう」 「千鶴ちゃんにとっても、新選組にとっても、重要なことだから……今なんですね」 「それに、お前と同じことを思っていた。半年近くも辛抱させた、と」 ……やっぱ、なんだかんだ言って土方さんは優しいな。 私はそう思っているのだが、千鶴ちゃんは相変わらず土方さんに抵抗があるようで。 きっと、それを土方さんが言ったら、これでもかってぐらい驚くんだろうな。 「さて、お喋りはこの辺にしておけ。屯所へと戻る」 「へいへいほー」 「……なんだその返事は」 「ん、すいません。私なりの敬意の表現です!」 ウソだけどな! 屯所に戻った私は、真っ先に土方さんのところへと向かった。 きっと忙しいそうにしているだろうが、やっぱり伝えたいことがあるから。 「失礼します。土方さん、ですが今よろしいですかー?」 「何の用だ…ったく。まぁいい、入れ」 許可がもらえたので、私は部屋に入り込む。土方さんはなにやら書類を書いていたようだった。 「今戻ったのか?」 「はい。今回は不審な輩も現れず、無事に済みましたよ」 「そうか……。で、お前は何の用で来た? ふざけた用件なら聞かねえぞ」 「いやだな、土方さんってば。私が毎日ふざけてるように思います?」 ああ。 即答だな、おい。 …まぁいい。ふざけてるように見えて、中身は誠実な人間なのだよ、私は。 「斎藤から聞きました。千鶴ちゃんに外出許可をあげるようで」 「まぁな。これ以上綱道さん探しを先送りするわけにはいかないだろ」 「またまた〜。そんなこと言いつつも、千鶴ちゃんの為に許可してあげるんでしょ?」 「……はぁ」 「え、なんでため息なんですか!?」 私の茶化すような言葉に、なぜかため息が。 そうして土方さんは私に「馬鹿か?」と言ってきおった。ほほぅ、馬鹿とな? 分かりきったことをいわないでくれるかね! 「……まぁいいです。何だかんだって土方さんが優しいのは重々承知してますんで!」 「あのな、勘違いするな。あくまで俺は――」 「可愛い千鶴ちゃんが耐え続けてきた父親探し、それに情けをかける土方さん…きゃっほーい!」 妙なテンションの私に、ついに土方さんが頭を抱えた。ため息混じりのつぶやきが聞こえるぜ。 「お前、よく夜にそんな元気があるな」 「私、昼より夜の方がテンショ…じゃなかった、気分が向上するんです」 「変態だな」 「ウルサイデスヨ!」 変態とか言わないでくれますか! 「だいたい土方さん! 千鶴ちゃんが可愛いからって、同じ女の私と扱いが天地の差ほど違うんですけど」 「お前はもはや男じゃねぇか!」 「酷い! 差別反対!」 「うるせぇよ。それにな、今は不調の隊士が多いんだ。 人手が多いことに越したことはないだろうが。第一、誰だったよ。凶器振り回していた大男を一撃でねじ伏せた奴は!」 私でーす、てへ! ちょっと前の巡察の時に、でかい棍棒的なものを振り回し大暴れしていた男を私は1人で蹴倒したのだった。 いや、振り回してるだけだったから動きは鈍かったから苦しくはなかったんだよ、簡単だったのよ! それをきっと斎藤が報告したのだろう。けっ、余計なことを! 「だからって女の子に夜の巡察行かせるのってどうかと思います!」 「お前を女だって分かるやつは、それほどいねぇから安心しろ」 「安心できません、どこにどう安心しろと? それより女としての尊厳が損なわれてることに不安を感じます」 私の文句に、ついに何も言わなくなった土方さんを見て…虚しくなった。 ふっ、結局私は野蛮な男共と同じ扱いなのね。 いいわ、私……千鶴ちゃんを襲ってやる! こうなりゃ、男の中の男になって千鶴ちゃんを攫って結婚してやるぅ! 「……お前を女として見てる奴はいるから安心しろ」 「何か言いましたか?」 「何でもねぇよ。これ以上話がないならとっとと寝ろ、ガキ」 ガッ!? 体型はガキでも、わたしゃ大人だと思いたいんですけど! まぁいいや。土方さんも仕事を再開してるし……さすがに邪魔しちゃ悪いし。 「あ、土方さん。最後に……千鶴ちゃんのこと、本当に有難う御座います」 「……ああ」 それだけ言って私は彼の部屋を後にした。きっと、感謝の気持ちは伝わっていただろう。 翌日、千鶴ちゃんは斎藤の言ったとおり沖田さんと一緒に巡察に出かけた。 行く前に会った千鶴ちゃんは嬉しそうに笑っていたのを覚えてる。 きっと土方さんが言った言葉が嬉しかったのかもしれない。 ……千鶴ちゃんもいないし、私は他の隊士と一緒に剣の稽古をしていた。 まるで駄目だ私は、まず基礎から教わっているのだが…それすら出来てない。 「、お前刀持つのは諦めた方がいいかもなー」 「うっ! 私だって諦めたいですけど、許されないんですよ」 「はははっ、しゃーねぇって。オレらの組長は沖田さんに並ぶ剣の使い手だからな!」 うぅ、斎藤のボケェ! 拳だけでいいじゃないか、何が「刀を使えないと、他の者に示しがつかない」だ。 平隊士の私に示しも何もあったもんじゃないわ! 「だー…その肝心の組長はいないしさぁ」 「おいおい、大変だ!」 稽古してる私たちに、1人の平隊士が息急き走ってきた。 「枡屋喜右衛門を沖田さんがとっ捕まえたらしいぜ」 「えぇ!?」 でも、あの人はわざと泳がせてるって聞いてたけど……? なんか長州の間者だから、情報を得るために島田さんと山崎さんが頑張ってたような。 「長州の間者で古高俊太郎だったってよ。今、土方さんが拷問するところだぜ」 「……沖田さんは?」 「それが、山南さんに呼び出されたぜ? あの客人も一緒だ」 客人ってことは、千鶴ちゃんも一緒か! 「ちょっと行って来るー!」 「何処へ行くんだよ!」 「えっと、厠? もういろいろやばい」 「……そうかよ、早く行って来い!」 うわ、変な顔されてるー! でも、気にしてる場合じゃないな。私は急いで広間へと走った。 そして途中、手に五寸釘とロウロクを持った永倉さんに遭遇した。 「永倉さん……何してるんですか?」 私は手にあるものを見つつそういった。彼は特に気にするでもなく 「これからこれを土方さんのところに持って行くところだ」 「は!?」 ご、五寸釘にロウソクって……SMプレイの小道具だぞ、おい。 あーたら何をするつもり……ああそうか、SMプレイしに行くんだ、あの例の間者に。 でも…五寸釘に、ロウソク…。この時代からこの思想だったのね、攻めにはこの道具。 これで仮面とかあったらもうだめだな。新選組内にSMク○ブができちゃうよ……。 「拷問に、使うんですか」 「もう情報が廻ってるのか、早えもんだ。なかなか口を割らない相手にはこれだろ?」 「……相手が相当の変態だったら効かないですよ、多分」 相手が変態じゃないことを祈ってます。ドMだったらもっと凄いものを要求してくるだろう。 「で、お前はこれから何処へ行くんだ?」 「ちょっと広間に」 「そうか。俺もすぐ行くからな!」 そう言って、彼はグッズ両手に立ち去って行った。…ああ、異様な光景。 どうか、拷問する相手がドMじゃありませんように。切実に願っております。 広間に辿り着くと……山南さんの目の前で正座させられる沖田さんと千鶴ちゃんが。 「……な、どうしてこんな状況になってるんですか?」 とりあえず、傍にいた原田さんに状況を聞いてみる。 「ま、山南さんの説教中だ」 「え、説教?」 この状態はなかなか長いこと続いているようだった。足もしびれるだろうに…。 広間に来た永倉さんに聞くと、枡屋さんからは大量の武器が発見された、とのこと。 もう完全に黒だと判明した枡屋はそのまま屯所へ。沖田さんたちも戻ってきたらしい。 そのときの千鶴ちゃんは、もう何がなんだか分からない、という状況だったみたいで……。 「そんなに怒ることないじゃないですか。僕たち、長州の間者を捕まえてきたわけだし」 「怒ることではない? 沖田君は面白いことを言いますね」 宥めるような沖田さんの言葉に、山南さんが返す言葉はとても刺々しかった。 「枡屋喜右衛門と身分を偽っている人間は、長州の間者である古高俊太郎だった――。我々新選組はその事実を知った上で、彼を泳がせていた。……違いますか?」 「その通りですけど……」 沖田さんは口を尖らせて反論をする。 「でも、捕まえるしかない状況だったんですよ」 「ま、総司の言う通り、ある意味では大手柄だろうな」 原田さんがふぅ、と息をつきながらそう言い、続けて平助もからかうように言った。 「でも古高を泳がせるためにがんばってた、島田君や山崎君に悪いと思わないわけー?」 一同の視線は島田さんと山崎さんに向けられる。島田さんはそれを受け止め、首を横に振った。 「藤堂君のお気持ちはありがたいが、我々のことはあまり気にせんでください。私らも古高に対して手詰まりでしたから、沖田君たちが動いてくれて助かりましたよ」 島田さんに同調するように、山崎さんも頷く。 「古高捕縛は、既に済まされた事柄です。その結果に不満を述べるつもりはありません」 「おまえら、殊勝な奴らだねえ。それに引き換え総司は……」 永倉さんの嫌味にも、沖田さんは苦笑していた。 あんなに頑張ってたのに、こんなに心が寛大だと尊敬しちゃうよ、2人とも。大らかだよ、二人とも将来超有望だよ! そんな中、ずっと黙っていた千鶴ちゃんが口を開いた。 「……私が悪いんです。浪士たちと小競り合いが始まって、邪魔しないようにしようと思って……。人の波に押されて沖田さんから離れたとき、すぐに戻ろうとしなかったんです」 「千鶴ちゃん、でもそれは正しいと思うけど……。だって、巻き込まれちゃ危ないし」 「でも……。気がついたら枡屋の前で、店の人に新選組だと声を立てられてしまって」 千鶴ちゃんの言い訳を、少し苛立ったような山南さんが切り捨てる。 「君への監督不行き届きは、誰の責任ですか?」 その目の鋭さに、千鶴ちゃんはうっと言葉を詰まらせた。 ……怖い。どうしてしまったんだろう、山南さん。怪我をする前はもうちょっと…怖くても、優しかった。 あんなに厳しい表情をするような人ではなかったのに。 「一番組組長が監視対象を見失うなど……。全く、情けないこともあったものですね?」 人が、変わってしまったようだった。 「山南さん……」 私はまるで哀れむように彼を見てしまう。何か、すごく痛々しく思えたから。 すっと私の後ろの襖が開けられ、土方さんが入ってきた。 そして山南さんを見るなり、彼に声をかけた。 「外出を許可したのは俺だ。こいつらばかり責めないでやってくれ」 怒りも焦りも無い、穏やかな声に、山南さんは苦笑した。それから小言をその口からは言わなくなった。 「土方さん、拷問は終わったんですか?」 「まぁな」 あーよかった。相手は変態じゃなかったみたいだ……拷問は正当に終わったんだね! 祈りが通じたよ。 そんな私の思考は誰にも分かられないないまま、土方さんはすっと厳しい表情に戻る。 「風の強い日を選んで京に火を放ち、あわよくば天皇を長州へ連れ出す――それが、奴らの目的だ」 凛とした声が広間に響き、そうしてみんなが渋面を作った。 頭狂ってる…! 天皇のいるこの京に火を放つなんて、そうとうの酔狂者だ。 「キチガイもいいじゃないですか、そんな事をするなんて!」 「長州の奴ら、頭のねじが緩んでるんじゃねえの?」 永倉さんは苦々しげに言葉を吐き出す。 「それ、単に天子様を誘拐するってことだろ? 尊王を掲げてるくせに、全然敬ってねーじゃん」 平助も私と思うところは同じようだ。 敬う対象を強引に連れ出すなんて、そんなの普通は考えない。ただの、阿呆だ。 「何にしろ、見過ごせるものではない」 「奴らの会合は今夜行われる可能性が高い。てめえらも出動準備を整えておけ」 「……了解しました、副長」 斎藤は真っ先に返事をした。……ほんっと、真面目だなぁうちの組長は。 「……、今回は屯所に残っていろ」 「え?」 予想外の斎藤の言葉に、私は首を傾げた。今日もついて行くものだと思ってた。 「今回は斬りあいになるのが必至だ。お前では太刀打ちできん」 「……そっか、そうだよね。分かった、ここにいる」 刀と刀のぶつかり合いに、私が行っても足手まといになる。 分かりきってることだからすぐに納得できる。私はいないほうがいいのだ、今回は。 「じゃー屯所で稽古してるよ、刀の」 「ふっ、少しはまともに扱えるようにしておけ」 そう微笑し、私の頭をぽんっと叩いて土方さんと一緒に広間の外へと出て行った。……なんか、頭触られたのは初めてのような気が。 永倉さんとか原田さんには、よくぐちゃぐちゃにされるんだが…うん。 「あれ? 千鶴ちゃん、どったの?」 ふと目に入った千鶴ちゃんが落ち込んでいたのを見て声をかけた。 私に視線を移した千鶴ちゃんだったけど、目は伏せられて曖昧に頷く。 「うん……さっき、土方さんが枡屋さんに父様が来たことあるって言ってたの」 「へぇ、ちゃんと情報を聞いてくれたんだね、良かったねぇ!」 「でも…一緒に来てた人は長州の人だったの。一応、それだけだったけど」 「長州の人、と? お父様は幕府の協力者なんだよね?」 それなのに、どうしてだろう…。そんな私達の疑問には、誰も答えてはくれなかった。 |