斎藤と仲良くなりました。(仮)
一応、普通に接することが出来るようになったんだから、進歩だよね?
怪我の手当てを終えた私は、部屋を出る。
そこが斎藤の部屋だったことを知らせれてまた心臓が変にドキッとしたのは言うまでもない。

部屋に戻ろうと思ったけど、どうせすぐご飯だろうと広間に向かう。
すると、腹をすかせて待ちきれない様子の3バカ筆頭永倉さんがいた。


「永倉さん、こんばんは」

「おー。早いじゃねぇか!」

「永倉さんのほうが早いじゃないですか。よっぽど待ちきれなかったんですね、空腹で」

「まぁな。この俺の腹の高鳴りがよぉ……」


ぐーぐー鳴ってるんだろうけど、それ高鳴りじゃないだろ。
高鳴りってもうちょっとキュンキュン来るもんだと思うよ? うん。


「そういや、お前。その手どうした?」

「……、斎藤に負けたうえに彼に手当てしてもらったんです」

「かっー! まだ諦めてねぇのか? やめとけって、斎藤には勝てねぇよ」

「ふっふーん。諦めるなんて永倉さんだったら出来ますか?」

「うぉ、言うじゃねぇか。だがなぁ、刀と拳、加えて男と女だぜ? 難しいだろ」


私の反論ににやっと笑うけど、すぐにその笑みは呆れが含まれているようだった。
うぅ、確かに私も一時無謀と思ったけどさ…。いざ斎藤本人を目の前にすると、闘志が燃えるんだよね。


「まー納得行くまでやってみればいいだろ?」


ひょっこり現れた原田さんがそういう。
私と永倉さんは「うぉ!?」と同じ反応して彼の登場に驚く。


「左之! お前いつの間に居たんだ」

「今さっきだ。平助が千鶴達を呼びにいってるから、もう少し待ってようぜ」

「私は待てますけど、そこの永倉さんちの新八さんが、死にそうだそうで!」


よっぽど燃費が悪いんだろう。まぁ、そんだけ素敵な筋肉してりゃ食欲も倍増でしょうよ。


それからだいぶ経ち、永倉さんが空腹に耐え切れなくなった頃にやっと千鶴ちゃんたちがやってきた。


「遅ぇよ」

「おめえら遅えんだよ。この俺の腹の高鳴りどうしてくれんだ?」


いやだから、高鳴るな?


「新八っつぁん、それってただ腹が鳴ってるだけだろ? 困るよねぇ、こういうな単純な人」


私と同じことを思った平助が小ばかにしたようにそういった。


「うんうん。永倉さんってさっきからそればっか言ってるんだよ?」

「おまえらが来るまで食い始めるのを待っててやった、オレ様の寛大な腹に感謝しやがれ!」

「新八、それ」「永倉さん、それは」



寛大な心だろ……

私と原田さんが声をそろえて言う。
すると永倉さんはうっと言葉に詰まらせたが、「何でもいいから食おうぜ!」と言ってすぐに自分の席についた。


「まあ、いつものように自分の飯は自分で守れよ」


そう、ご飯時はいつも戦争が勃発する。


「今日も相変わらずせこい夕飯だよなぁ。というわけで……隣の晩御飯、突撃だ! 弱肉強食の時代、俺様がいただくぜ!」


そう言いながら、彼はいつも通り平助のおかずを奪う。
平助は声をあげそれを阻止しようとする。いやぁ賑やかだな。


「ちょっと、新八っつぁん! なんでオレのおかずばっか狙うかなあ!」

ふははは! それは身体の大きさだぁ! 大きい奴にはそれなりに食う量が必要なんだよ」

「じゃあ、育ち盛りのオレはもっともっと食わないとねー」


おかず争奪戦はさらに激しさを増した。


「千鶴、、毎回毎回、こんなんですまないな」

「慣れましたから」

「私も…」


というか、実際。うちでも焼肉の時は戦争だったし、慣れてる。
肉の争いはそりゃ熾烈だったなぁ…。懐かしいや、つい最近なのに。

そっか、なんだかんだで時は流れて……私だけが、違うときを過ごしてしまっているんだろうか。


「慣れとは恐ろしい物だな……このおかず、俺がいただく

「あ……」


ぼけっと私が考えている間に、斎藤はちゃっかり沖田さんのおかずを奪っていった。
それをたまたま見た私は呆れ半分、感心半分で声をかけた。


「冷静な顔してやるな、おい」

「当たり前だ。こういう時も冷静さが必要だからな」

「まぁ、そうかも」


ちらりと騒いでいる平助と永倉さんを見る。ふたりが熱くなってれば、まぁ冷静な方が有利。
……ってか、飯まで戦略的だなおまい


「それより、沖田さんはもういいんですか?」


千鶴ちゃんは沖田さんのご飯が進んでいないことを気にして、そう声をかけた。


「うん、あんまり腹一杯食べると馬鹿になるしね」


それは明らかあのふたりに言っているようだった。
真っ先に永倉さんが反応する。


「おいおい馬鹿とは聞き捨て……だが、その飯いただく!」

「どうぞ。僕はお酒をチビチビしてればいいし」

「んじゃ、俺も酒にするかな」


原田さんもそう言ってお酒に手を伸ばした。


「千鶴ちゃんは、ただ飯とか気にしないで、お腹いっぱい食べるんだよ」

「……わ、わかってます。少しは気にします!」

「気にしたら負けだ。自分の飯は自分で守れ」

「は、はい!」


そう返事して、また一生懸命にご飯を食べ出す。
……可愛いなぁ、千鶴ちゃん。ご飯食べてても可愛いわぁ。


やがて、千鶴ちゃんは食べる手を止め、嬉しそうにみんなの様子を見ていた。
私は手の怪我のせいか、誰もご飯を狙っては来ないので無事食べることが出来ている。
にしても…食べにくいな、この手は。


「痛い?」

「んー、痛いって言うより不便? 利き手だからなぁ」


正直な気持ちを心配してくれた千鶴ちゃんに言う。
包帯を外せば多少は動きやすいんだろうけど……生々しいあの腫れをさらすわけには行かない。


「でも、結構腫れてたよね?」

「まぁね。でも、どっかの誰かさんが馬鹿丁寧に手当てして下さったんで、痛みはない」

「……しばらくは不便だろうが我慢しろ」

「ご飯食べるのも苦労じゃないのさ」


この時代はスプーンやフォークなるものはまだ普及してないんだろうな。チクショウ。
ふーっとため息つくと、千鶴ちゃんが微笑んでいた。


「千鶴ちゃん……楽しい?」


そう思ったから聞いてみる。彼女はもちろんとでもいうように大きく頷いた。


「うん。夕食はひとりで食べることが多かったから…」


そうだよね。お父さんがいなくなって、長い間千鶴ちゃんはひとりだったんだ。
今、こうやってみんなと食べられることは、きっと夢のようなんだろう。
でも、夢じゃないよ。現実さ! 私も楽しいから!


「最初からそうやって笑ってろ。俺らも、おまえを悪いようにはしないさ」

「原田さん…」


千鶴ちゃんを見て、満足げに目を細めた原田さん。


を見ろよ? こいつ、既に俺らに生意気言えるんだからな」

「生意気って…やだなぁ、原田さんてば。私はみなさんを敬ってますって!」

「いや、敬ってねぇよ。その態度は」


まぁ3バカは確実に敬ってないけどね!
土方さんとか山南さんとかさんあたりは敬ってるよ、コレは絶対。
だって敬わなきゃ、死ぬよきっと。

まぁ…あれだ。


「千鶴ちゃんは気負いすぎだよ? 私もみんなも、千鶴ちゃんを心配してるから。って私が言える立場じゃないけど…」


まだまだ私も疑われるべき人間だ。なんか、斎藤には組に加わるよう言われたけど…。
それでも、やっぱり怪しいものは怪しい。


「まぁ、笑っていようよ。私も一緒だから!」

「うん」


千鶴ちゃんが笑って頷いた、その時だ。






襖が開いて、井上さんが入ってきた。


「ちょっといいかい、皆」


その声はいつものように優しげで、穏やかだったけれど、井上さんの目は真剣そのものだった。

どうしたんだろう、緊張感が走る。


「大阪に居る土方さんから手紙が届いたんだが、山南さんが隊務中に重傷を負ったらしい」

「え!?」


和やかな空気が一変して硬いものになった。
そ、そんな……山南さんが!?

井上さんの話では、大阪のとある呉服屋さんに浪士たちが無理矢理押し入ったらしい。
駆けつけた新撰組……山南さんたちは何とか浪士を退けたんだけど、その時に怪我したという。


「い、井上さん! 山南さんは…?」

「相当の深手だと手紙に書いてあるけど、傷は左腕とのことだ。剣を握るのは難しいが、命に別状は無いらしい」

「良かった……!」

「……」


本当に、良かったのかな。
山南さんも剣を扱う人ならば、ある意味致命傷だ。

皆、厳しい表情で押し黙っているのは、そう考えているからだろう。


井上さんは報告を終えて、近藤さんの所へと向かった。

……重い空気が漂っている。
そんな空気を破ったのは、いつも通り冷静な声色の斎藤だった。


「刀は片腕で容易に扱えるものではない。最悪、山南さんは二度と真剣を振るえまい」


やっぱり……そうなるのか。
スポーツ選手と同じ、怪我が今後に大きく影響する。

武士にとって、刀を振るえないということが……どれだけ絶望なのか、分かる。


「刀は片腕だと威力は、落ちるんだよね」


斎藤と千鶴ちゃんの打ち合いのとき、そう言っていた。


「ああ、つば迫り合いなれば確実に負ける」


両手に対して片手で勝つ。
そんなの、どんな強い人でも覆せないだろう。

ふう、と沖田さんがため息を吐いた。


「薬でも何でも使ってもらうしかないですね。山南さんも、納得してくれるんじゃないかなあ」

「総司。……滅多なこと言うもんじゃねぇ。幹部が【新撰組】入りしてどうするんだよ?」

「え?」

「しんせん、ぐみ?」


私と千鶴ちゃんは首を傾げた。
新選組は、新選組だよね? なんだ、今の意味深な発言は。

私たちの謎に答えるように、平助が、指を空中に指した。


「普通の【新選組】って、こう書くだろ?」


指で空に書かれた文字は確かにそうだった。
まぁ、諸説あるけど……一般的にはそうなるよね。


「【新撰組】は【せん】の字を手偏にして――」

「平助!!」


ドゴッ!


「「!!?」」



突然、原田さんが平助を殴った…!


「な、原田さん!?」


なんで殴った! 平助は今、ある意味国語の授業をしてただけじゃないの!?


「いってぇ……」

「平助君、大丈夫……!?」


千鶴ちゃんが平助君にかけより声をかけた。何がなんだか分からず、私は平助と原田さんを見比べていた。
すると、永倉さんが疲れたように息を吐いた。


「やりすぎだぞ、左之。平助も、こいつのことを考えてやってくれ」


さっきまでの様子とは打って変わって、真面目な表情の永倉さん。
その視線は千鶴ちゃんに向けられていた。こいつって……千鶴ちゃん?


「……悪かったな」

「いや、今のはオレも悪かったけど……。ったく、左之さんはすぐ手が出るんだからなあ」


あいまいな苦笑を浮かべそういう平助だが、かなり痛そうだ。



――手偏? 【新撰組】ってこと?
確かにそう書かれてる資料も私の時代にはあった。
この時代において正しいのは【新選組】で、もうひとつは……何か別の存在という事?
それに……永倉さんの、千鶴ちゃんのことを考えろって…何?


あー…気になる。余計な情報与えるから考え込むじゃん!
血に狂う失敗、薬、もうひとつの存在……いったい何が隠れてるんだろうか。


「何も聞くな」

「?」

「考えなくていい。考えたところで、あんたにはどうしようもないことだ」


斎藤は考え込んでいた私にそう声をかけた。そっか……って、納得すると思うか、ボケ。


「考えるな、っていうなら、私にヒント的なものを与えないでよね」

「ひん、と?」

「あー、情報? それに関わるような情報をくれるなってこと」


ちらっと千鶴ちゃんの方を見ると、永倉さんも斎藤と同じようなことを言っているようだ。
それでも私も、千鶴ちゃんも釈然としない。


「新撰組って言うのは、可哀想な子たちのことだよ」


不意に沖田さんが冷めた口調でそういった。
そんな彼の目は、口調よりももっと冷たく暗い。


「おまえらは何も気にしなくていいんだって。だから、そんな顔するなよ」


取り成すように永倉さんが言うので、これ以上は何も出来なかった。


……私は? これから一応、新選組に入るんじゃないの?
平隊士扱いだから、教えてくれないのかな? 幹部だけの、秘密?


……ううん、今はダメだ。追求はしないで置こう。
下手をすれば殺されるかもしれない。私も、千鶴ちゃんも、立場は危うい。
確実に彼らと私たちとの間には、壁があるのだ。高く、分厚い、そんな壁が。




その後。



「はあ……」

「ふぅ……」


今日は千鶴ちゃんの部屋で一緒に寝ることになり、2人で部屋に行った。
でも、口から零れるのは女の子らしい和気藹々とした会話じゃなく、ため息ばかり。
変に与えられた情報が、私の中を駆け巡っている。千鶴ちゃんもきっと同じなんだろう。


「いろいろ気になるよねぇ」

「うん……。しんせんぐみ、か……」


呟くように組織の名前を言う。


「山南さんは新選組だけど、【新撰組】には入っていない……?」

「そう言ってた。まるで、新選組っていう枠の中に、もう1つの存在があるみたい」


うーーん……。


「ああ、もう!」


千鶴ちゃんは頭を抱えて、畳の上に寝転がった。め、珍しい!


「降参?」

「うん、余計なこと考えちゃって駄目かなと思ったの」

「そうだよねぇ…私たちが何かを知っても、喜ぶ人は居ない。むしろ敵を作るだけ…」

「そしたら、父様だって探し出せない……皆のことも、悲しませる」


眉をへの字にさせて天井を見上げている千鶴ちゃんは、いろいろ葛藤しているのだろう。
私も、同じだけど…千鶴ちゃんは私以上に厳しい現実があるんだ。


「よし、千鶴ちゃん。もう寝よう? 寝て、明日起きて、さっぱりしよう」

「そう、だね。うん、寝よう。じゃあちゃん、おやすみ」

「おやすみ」


たくさん気になることはあるけれど、今はただ生きることを考えよう。

そう思って目を瞑り、私は眠りについた。