沖田さんが余計なこと言わなければ、上手いことスルーできたと思うんですけど。 もういいじゃん! 千鶴ちゃんが強ければ問題ないって!! 「だ、だって沖田さん! 考えてください。わたしは素手ですよ? あっちは居合いですよ? いくら寸止めしてもらえるからって、無理です!」 「覚えてろとかいってたの、誰だったっけ?」 「そりゃ私です! でも、こんなの」 実力差がありすぎる……。 「い、一発入れ返すのは不意打ち、もしくはだまし討ちにさせていただこうかと」 「卑怯な手段をとるんだね。でもどの道無理だと思うけど?」 「ですよね! でも……勢い任せてバッサリ、ってことはないです?」 「そのあたりは問題ない。俺も伊達に鍛錬を積んではいない」 ……あの可愛い千鶴ちゃんでも頑張ったんだ。 私が怯えてどうする! よっぽどお前の方が男だろ! 「えぇい! そうだ、あの時の悔しさを返す機会だと思ってやったろうじゃないの!」 私は拳を上に突き上げた。ダー!! 的な勢いで! やったろうじゃないの! 「が、頑張ってね、ちゃん」 「千鶴ちゃんも頑張ったんだから、私も頑張る!」 とにもかくにも、私は斎藤一に一撃を入れるチャンスを得たのだ。 「おねがいします」 私はペコリと頭を下げた。 さっき千鶴ちゃんとの打ち合いを見たから、きっとこっちが動かない限り動いてこないでしょう。 ということはだ、まず…抜刀させなきゃいけない。 その抜刀された刀を、引く前に峰か握ってる手をたたいて落とせれば…いける。 いや、考えててもどうにもならないよね。実践あるのみなんだから。 私は目を瞑って息を吐く。こうしていつも、稽古に望む。 木々が風に揺れる音が、澄んで聞こえる。…いま、私は冷静だ。 「ふっ!」 私は地面を蹴りだして、まず間合いに突っ込む。 斎藤一はもちろん、ここで居合いの構えから抜刀してくるはず…! きた、抜いてくる。ということは、右から抜く軌道上…素早く横に逸れれば…!! 「ッ!!」 私は突っ込む足を一旦止めて後ろに跳び引く、横ではダメだ、逸れている間に攻め込まれる。 避けた私に一瞬だが、目を見開いた彼。隙は、今しかない! まだ抜刀した状態で戻してない…戻される前に…! 「はぁ!!」 叩く! もう一度素早く相手に入り込む、そして腕を上げて…手刀で峰を叩き、刀を落す…! ……あれ? 「……?」 …ビクともしねぇよ、おい。 「…落ち、ない?」 「これが一般隊士だったら落としていただろうな」 そんな呟きが聞こえた刹那、刀の切先はいつの間にか私の目の前に迫っていた。 「あ……」 手に密着していたはずの刀は既に無く、それだけ自分が呆けていたと言うことを思い知らされた。 また、負けた…。手がジンジンして痛い。 「う、裏拳にしとけばよかったか…いや、それでも無理か」 ダメだ。斎藤一には、何をしても勝つことは出来ない。私はそう、悟った。 「……お前の一撃は重い。刀にも負けないほどな」 「あ」 「その“空手”というのは己の身を高めるのだろうな。お前はまさにその結果だ」 刀を納めながらそういう斎藤一。その余裕っぷりがちょっとムカついたが…負けたのは事実。 でも、今の一言は…褒められてる? 「それって褒めてる?」 「一応な」 「じゃあ、いいや」 「何がいいんだ?」 「こっちの話、斎藤一には関係な……い」 ……今、咄嗟にタメ口アーンド、フルネームで呼んじゃったじゃないか! 「あ、ああああ、あの、今のはその、心の声、です!」 「何を慌てている?」 「いや、だから! タメ口、いや、生意気な口きいて!」 「……気にしてないが?」 ……気にしろよ。3番組組長じゃなかったか、あーた。 「面白いね、ちゃん! 二人して斎藤君に褒められるなんて…これは副長も承諾せざるを得ないかな」 「え…あ、……そうだと、いいですね」 斎藤一のことで動揺していて、認められている事実を忘れてしまいそうだった。 これで土方さんが納得すれば…オールオッケーなんだ! 「ん?」 にしても、手の痛みが中々引いてくれない。 「あの、ちゃん。手、赤いけど大丈夫…?」 心配そうに顔を覗きこんでくれる千鶴ちゃん。いや、「死ぬほど痛いよぉおお!」ってことはないが ぶっちゃけると、かなり痛い。 骨は折れてないだろうが、腫れてはいる。 「しーんぱーいないさー」 ライ○ンキ○グ風に言ってみて、誤魔化す。 冷やせば問題ないはず。湿布貼ろう――て、あかん、湿布ないわ。 「なんとか、なる……って、え?」 気付けば私の腕は、斎藤一に取られていた。 「総司、先に戻る。雪村も部屋に戻っていろ」 「はいはい。斎藤君は真面目だね」 「え?」 千鶴ちゃんもキョトンとしていたのだけ、見て、私も 「えぇー!?」 驚きの声をあげるしかないのだ。どうなるの、WATASHI! 「ちょ、離して下さい、ちょっとー!!」 「その腫れだと手当てが必要だろう」 「分かってますから、自分で冷やすって…言ってんだろうがボケェエ!」 ぐいぐい引っ張っていく斎藤一についにキレた。、渾身の蹴り! ボフッ ……あれ、今…確実に入ったよね? 絶対入ってるよね!? 蹴りですよ? わき腹のところに綺麗に入ったと思うんですが…。痛くないはずなんですが、えぇ!? 斎藤一は引っ張っていくのを一時停止させた。 「…」 …ふいに呼ばれた名前に、ドキッとしてしまった。 え、下の名前? そりゃ沖田さんみたいにちゃん付けされたら、宇宙の果てまでドン引きだけど…。 「へ? ッあああ!?」 不意打ち喰らってどぎまぎしてる私は、いつの間にやら宙に浮いてる。 マテ、激しくマテ! 「何で姫抱き!? プリンセスホールドォオオ!!」 お姫さま抱っこされています! おかしいだろぉお! 「お、下せ、バカ! 斎藤一のばかー!!」 じたばたして抵抗する。だ、だって恥ずかしいじゃないかコレぇえ! 「大人しくしていろ。下してもいいが、恐らくその時お前は落下しているが?」 「……突き落とすつもりか、おまい。蹴飛ばしたことを根に持ってますな?」 「分かったなら動くな」 でも、私重いんじゃないのか。ぶっちゃけまして、体重シークレット並ですよ!? もー裏社会にもバラせないほどの重さですぜ!! 落とされたくないから、じたばたするのは諦める。 だが、硬直してしまって口まで諦めてしまっているのだった。 気付けばよく分からない部屋に下された。んで斎藤一はそのままどこかへ行ってしまった。 「…は、初めてだったのに…」 言葉に卑猥さが含まれてるのは気のせいだ。 姫抱っこなんて……うう、大好きな人にして欲しかったのにー! ま、好きな人なんていないんだけども。 「……にしても、あいつ。あんな細い体になんつー力を秘めてるのさ…!」 さっきの姫抱きも、刀での打ち合いもそう。 どこにあんな強い力があるんだろう。分からないな、ちくしょう。 「一発入れるとか、無謀じゃね?」 そう思って、腫れている自分の手を見た。 そりゃ、半ば無理かもとは思ってたけど……あの一瞬、刀は叩き落とせる自信はあったんだ。 それだけ、全力の一撃だったはず。ああ、格好がこんなんじゃなければ、蹴り上げると言う方法もあったな。 でも今の私は袴で、素早く足を振り上げることはまず不可能。 「ッ痛…」 あーまじで痛いかも。涙でそうだよー実際出ないけどね。 さっきより腫れてるかも? ていうか、変色してるし…キモッ、自分の手が気持ち悪い! 考えたら利き腕だよ、こっち…やらかしたかな。 しげしげと私の腫れた所を見ていると…斎藤一が戻ってきました。 「うわー、水デスネー」 「手をここに入れてしばらく動くな」 彼は桶一杯に水を汲んできたようだ。言われるままに桶の中に突っ込む。 冬の水は…すっごく冷たいです。感覚無くなるんじゃないですか、コレ。ってぐらいです。 「この拷問とも取れる水の冷たさは、イジメなんなのか、あわー」 「……我慢しろ。それだけ腫れていれば、致し方ないことだろう」 「ですよね。見てたけど変色してたもん、もう紫だよ。人ってこんな色になれるんだって、いやな希望を見ちゃったよ」 あはは、と乾いたように笑う。 …ん? 何故普通に会話が出来ているのだ、今。だめだけどさ、この人にこんな態度! 「あの、斎藤、さん」 「……なんだ?」 「ありがとう、ございます」 改まって私は頭を下げた。すると、目を少し見開いて、すぐに細めた。 「急にどうした」 「へ?」 「先ほどまでの態度とは違う、と言ってる」 「……一応あなた幹部ですし、今治療してもらってますし…」 「俺は構わないが? 今のようにぎこちない話し方になるぐらいであればそのままで」 ……おいおい、さっきから心の中で言ってるけど…気にしろよ、幹部だろ。 平助でもちょっとは眉をしかめてるよ。私のこの態度。 「……そこまで言うなら普通に話すけど、さ」 「ああ」 「それでも、ありがとう」 現在進行形で、処置してくれて。 目を見て言えないのは恥ずかしいから。斎藤一の目は、何もかもを見透かしていそうで、怖かった。 あの綺麗な蒼い目で、一体何を見られているのか。 やましいことはないのだから、問題はないけど。 「……いつかは一発入れ返す、から…覚悟しといて」 さっきまでは、後ろ向きだったのに。不思議とその言葉が出てきてしまっていた。 無謀とか、考えてたのに。今はそうは思えない。きっと、いつか、出来る。 「……ああ」 まただ。 こいつは不意打ちが得意らしい。普段無表情のくせに、ふっと笑みを浮かべやがった。 それを見てしまった私は、心臓が高鳴った。やめろ、私、乙女じゃないんだから! 止まれ、止まれ、私の鼓動ーーー!! あ、やっぱだめ。止まったら死ぬ! 「あ、あの。もうこれ、終わっていい? 冷たくて、感覚が…」 誤魔化すために話題を逸らしてみる。 斎藤一は気にとめることもなく、私の腕を取り……水の中からそっと引き上げた。 そしてそのまま、白い包帯のような布で巻いていく。 骨折みたいじゃねぇか、これ。でも目立っていいかも、これならいかにも怪我してますって分かるし。 「……いや、ありがとう。も、いいから」 「そうか」 「うん」 ぱっと手を離してもらうと……沈黙が。 「……おまえ」 ん? 「ちょっと、待った」 「?」 「さっき、ちゃんと私の名前呼んでたのに、今更“おまえ”とか“あんた”とか、ナシ」 「……、」 「…う、うん、よろしい。で、何」 自分で言わせておいて、小恥ずかしいのはなぜだバカ! 斎藤一は私に話しかけたのだから何か用はあるのだろう。ドキドキを隠す為にぶっきら棒に聞いてみる。 「何故、俺は“斎藤一”なんだ?」 「……はい?」 ちょっ、ここにボケの人がいます! 自分の名前を忘れたのか! 「ちょ、頭大丈夫? 頭に水かけてあげようか?」 「そう言って桶を持つな。何故頭の心配をされるんだ」 「自分の名前に疑問を持つ時点で危ういわ!」 「……疑問は持っていない。が俺のことをそう呼ぶ理由を聞いたまでだが?」 …あ、そゆことですか。私が君をフルネームで呼ぶ理由ね。 理由――………………。 「……てへ」 ねぇわ。理由とか、ないないない。 可愛く誤魔化してみるが、こんな嘔吐100%のポーズにも奴は動じないのだった。 「ないのか」 「うん、あれだ。初めて呼んだときそう呼んだから、定着しちゃってたのかも」 「やめろ」 「ですよね!」 やめろ、の一言がなかなか棘があったぞ! じゃあ、やっぱりさん付けで呼ぶのか。平助以外はそう呼んでるし…。 でも、なんか……さん付けって、癪だ。 「……どう呼べばいいんでしょうか?」 当の本人にそう聞けば、さして興味なさげにこちらを見ているではないか。 「お前の好きなように呼べばいい」 「……呼び捨てになるよ、そしたら」 「だから、俺は構わないといっているだろう」 「じゃあ、斎藤」 さん付けナシで行こう! うん! これがしっくり来る。 今日からYouは斎藤一改め、斎藤だ! 「それでいい。あと……今だから言っておくが」 お前は俺の組の所属にしようと思う。 え、何そんな重要な発表を付け足しにしちゃってるの!? さらりと大切なことを言ってのける斎藤に、思わず大ツッコミ。 だってまだここに来て間もないんだよ? まだ慣れてもいないのに! 焦りながら、私は斎藤を見る。 「ちょっと待ってよ。何でさ、私稽古に付き合ってるだけじゃないの!?」 「今日お前の動きを見てそう思った。恐らく、総司も同じ事を考えていたはずだ」 つまり、私は斎藤のところじゃなくても…他の組に入るのはほぼ間違いないのか。 「……ん? ちょっと、もしかして私の空手を稽古に組み込ませることの発端はアンタか!?」 「……そうだな」 「認めたな、今認めたな!? どうりであの3バカ……ゴホン、平助たちが知らないわけだ!」 あとあの場で見ていたのは、斎藤と井上さんぐらいだもん。 井上さんはまず、優しいからそんなこと言うはず無いし。 考えられるのは、ふざけ半分で3バカが言ったか……こいつだけだった。 「興味なさげにしてたくせにチラ見してたとは…! 見物料をよこせ!」 「過ぎたことを責めても何にもならないぞ」 「お前が言うな、お前が」 言うとしたらこっちの台詞だろうがよ、それは。 はぁ、頭が痛くなって気がする。そう思いながらため息をついて冷静になってみる。 「……で、何で?」 「浪士を取り締まることはしなくてもいい。他の問題を起こす輩の取り締まりだ」 「例えば…無銭飲食とか、ひったくりとか、酔っ払いとか?」 「そんなところだ」 それぐらいなら、別に構わないけど……他の隊士は認めるの? ただでさえ、私が稽古をつけてる時点で不満持ってる人はいるだろうに。 若いし、中身は女だし。…見えないだろうけど、女だし! 「斎藤……それ、他の人たちは認める?」 「少なくとも幹部は認めるはずだ。お前は間者でもなんでもない、普通に力を持った者だからな」 「隊士たちは? ぽっと出の私が組に加わって、どんな顔すると思う?」 「不満に思う者は黙らせればいい」 「あ、実力行使ですか!? そこだけ野蛮ー!」 戸惑い気味の私に、斎藤は視線を向ける。「結局はお前次第だが」と一言言いながら。 そりゃ、暇してるし……千鶴ちゃんがあんなに必死なのに、私だけこんなところに留まるわけに行かない。 だいたい……ダラダラな生活は、やっぱだめ。メリハリがなきゃ、私は。 「……うん、頑張ってみる」 結局、やるしかないのだ私は。ダラダラしたくない、自分の力を生かせる方法はそれしかない。 「うっかり、アンタを殴っても切り伏せないでね。それはきっと意図的な事故だから」 「意図的と言ってる時点で事故じゃないだろう、」 「事故に見えるように心がけるから任せて!」 こんなやりとりしてると、さっきまでドギマギしてたのが嘘みたいだった。 いたって普通に話せている。きっとこれからも、こうやって話せるのだろうか。 |