江戸時代の年号は、歴史にうるさい先生がよくテストしてきたからなんとなく覚えていた。
今は文久四年を迎えた1月…っぽい。新年の挨拶があったし、餅も食べてたし。
ってことは何か? クリスマスも迎えてたのか……え、サンタさん来てないよ!? いい子にしてたのに、ひどいよー!
時を越えてきたっていいじゃないか! 夢の中から飛び出てきてくれたって良いじゃないか!


「サンタさんのばっきゃろー!!」


寝転がりながら、そんなことを叫んでみました。
…ふっ、どうせ時は江戸時代。まだまだサンタさんなんてフィンランド辺りで留まってるんだ。
ふふふ、京都なんだから、隣の奈良に行けば鹿ぐらいいるでしょ。
トナカイ代理で鹿を代用すればいけると思うんだよな


来いよサンタ、とか……もう1月なのに何を言うか、自分。


「ここではクリスマスとか、関係ないのね」

「でかい独り言だなー」


……え、誰かの声?


「ちょ、い、いつの間にここに…!」


ワーオ! 気付けば藤堂さん――改め、平助がいるじゃないか。
いつの間にここに居たんだこの人


「平助、あんた…まさか覗き!?

「左之さんや新八っつぁんじゃあるまいし!」

「確かにあのコンビならやりかねんな……」


そう思いながら、チラリと横目で。ほかに気配は無いだろうから、大丈夫だよね?

実はあの後…私と千鶴ちゃんのことが話し合われて
結局千鶴ちゃんは土方さんの小姓になることはなく、THE引きこもりを命じられたのだった。
ニート生活してろだなんて、普通言えるものじゃないよねぇ…うんうん。

でもよくよく聞けば、女の存在は屯所内の風紀を乱すという。となると…仕方ないのかもしれない。
他の隊士には千鶴ちゃんの事情は話さずにいる…らしい。



で、私はと言うと。


「まさか私が稽古に立ち会うとは思わなかった…」


一体誰が口を洩らしたのか、まぁあの場に残っていたメンバーのうち誰かだろうが。
空手は精神を強める効果があるだろうから、隊士の稽古に使える!
とか言い出して、私は男装してそれを教える係になった。

さいわい、…いや残念なことに。


「…まぁ仕方ないよな。千鶴に比べて、お前そんなに女っぽくねぇもん

「うるさいな! 可愛くないのは生まれつきですー」


男装した私は、ちょっとやそっとじゃ看破できないほど男前だと言う。
ち、千鶴ちゃんは男装してても可愛いのに……これが現代っ子との違いなのね!

いや、今の現状、現代っ子は千鶴だけどさ。


「ふっ、まあ平助だから許してあげようじゃないか」

「態度大きいよなぁ…俺一応幹部なのに」


平助とは恐らく、一番最初っていうか最短で心を打ち解けあった中になる。
私が見せた空手について、さらに食い入って聞いてきたのが始まりで…雑談に至った。
そうしているうちに私は彼を平助と呼ぶことになって、彼も私を香奈と呼ぶようになった。

で、平助経由で…3バカとも結構仲良くなっている、という訳である。


「で、今日は何の用? 稽古なら終わってるよ…やだ来てなかった?」

「違ぇよ…。千鶴のところ行って来いって、土方さんのいいつけ。引篭もってると気が滅入るだろうから」

「言われなくても行くつもりだったのにー…なんだかんだで土方さん、千鶴ちゃんのこと気にかけてるじゃん」


じゃあ、小姓にしてあげようよ。
と思ってるんだけど、生憎反論できるのは平助含めた3バカぐらいだ。
他に反論はきっと出来ない。いや、したことないけど、出来ないと思う。
その本人は今、山南さんたちと大阪に出張中だし…どの道言えない。




という訳で、千鶴ーむ(ちづルームと読もう)に直行したのだが


「あれ、どこか行くの千鶴ちゃん?」

「え? …香奈ちゃん、うん。これからちょっと中庭に」


部屋を出てきた千鶴ちゃんと鉢合わせになりました。
彼女はどうも部屋にいるのがもどかしくなって、外へ出てきたらしい。
でもうろつく訳にも行かないから、お手ごろな場所の中庭へGO! ってことになった。

千鶴ちゃんは事情も事情で私より監視が厳しい。それに、いろいろ言われているようだ。
ぽっと現れた上に1人部屋で幹部のような扱いで…。
家事手伝いみたいなことしてるのが、気に入られているように他の隊士には見えているのだろう。
ぼそぼそとだが、そういうのは聞こえた。

え? 私もそうだよ。でも、私の場合は稽古をつける側だから、まだ目立った文句は聞こえない。
…多分、言ってきたやつは冥府までぶっ飛ばすと思われるけどね!


「でも、何ゆえ中庭?」

「父様を探すための相談を誰かにしたくて」

「なるへそ…んじゃあ私も行くよ」


なんてったって、千鶴ちゃんのためだものー!!
ということで、千鶴ちゃんを連れてなるべく一般隊士が居ないところを通っていく。


2人で中庭に行くと、そこには…あまり見たくない2人が居たのだった。


うげッ

「何そのあからさまな反応。僕たちに対して失礼だと思うよ、君」

「す、すいません」


まだ免疫ついてないんですよ、まじで。

そこにいたのは沖田さんと斎藤一であった。…勘弁してくれよー。


「沖田さん、斎藤さん、おはようございます」


千鶴ちゃんは礼儀正しく挨拶していた。あ、やばい…私も挨拶しなアカンやーん!
ってことで、時既に遅しだろうが「オハヨウゴザイマース」とぎこちなく頭を下げた。


「おはよう、千鶴ちゃん。明るいような暗いような、微妙な顔してるね」


…無視しやがった、コイツー!!!


……

「あれ? そんな不機嫌そうな顔して…僕何か気に触るようなことしたかな、香奈ちゃん」

「い、いえ、滅相もございません!」


あまり憎まれ口叩くと後が怖いのが沖田さんだから、もうここはスルーしかない。
苛立ちマックスだけど、気にしたら負けだ!


「でも…」


確かに千鶴ちゃんは浮かない顔をしてる。よく見破れるものだ。
やっぱ、お父さんのことが気になって仕方がないんだよ、うん。


「な、何か顔に出てますか……?」

「むしろ、その反応に出ていると思うが。俺たちに用があるなら言うといい」


やっぱ察しがいいぞ、斎藤一。


「実は……。そろそろ父様を探しに外へ出たいなと思って」

「それは無理だ。おまえの護衛に割く人員は整っていない」


…あら、ばっさり。


「そんな、なんとかならないの? …デスカ」


思わずタメ口になってしまった。慌ててそれを隠すと、なんかじろっと見られた気がした。
私は慌てて目を逸らす。ああ、いい空が広がってるじゃありませんか。


「別に遠出したいわけじゃないんです。ちょっと屯所の周りだけでも……」


こればっかりは引き下がれない。そんな勢いで千鶴ちゃんも言葉を続ける。
その言葉に沖田さんは考え込むように顎に手を置いた。


「んー。僕たちの巡察に出かけるとき、同行してもらうのが一番手っ取り早いかな」

「!!!」


予想外な人物からの、予想外な答えに2人で驚いた。
ま、まさか沖田さんが助け舟を出すとは…! とか思ってたら、にやりと笑った。


「でも、巡察って命がけなんだよ? 僕たちが下手を打てば死ぬ隊士だってでる。
 浪士に殺されたくないなら最低限、自分の身くらい自分で守ってもらわないとね」

「わ、私だって、護身術くらいなら……」


悔しそうに、言葉を搾り出す千鶴ちゃんはなんか痛々しく感じた。
うー、ここは銃刀法違反なんて通じる時代じゃないからなぁ。フツーに刀持ってる人いるし。
新選組と行動してれば、狙われることも考えられるよね。

やっぱ、狙われた時に退治できる…とまではいかないけど応戦は出来ないと。


「んじゃぁ、私が千鶴ちゃんのボディーガード……えと、護衛ってのはどうです?」

「刀もまともに扱えない君が、どうやって応戦する気?」

「う、そりゃ…拳で? 私の体が刀なんですよ、うん!」


人を殺すのは出来ないが、気絶させたり武器を叩くくらいなら出来る…と思う。
大丈夫、人間死ぬ気になればなんでもやれる。そんな心意気をもってるはずだ。

燃えろ、俺のコ―――(強制終了)


「ならば俺が試してやろう」


…へ?


淡々と斎藤一がそういった。


「た、試す?」


こくりと彼は頷いている。……どうやってだよ。


「2人ともだ」

「え゛!?」



思わず濁った声が出ちゃった。私だけならず、千鶴ちゃんもかい!!

斎藤一は千鶴ちゃんと、彼女が持ってる小太刀を交互に見比べている。


「確かに護身術は習いましたし、小太刀の道場に通ってましたけど……!」

「加減はしてやる。遠慮は無用だ。どこからでも全力で打ち込んで来い」

「でも……!」


動揺する千鶴ちゃんに、つまらなさそうな表情を見せる。


「……どうした、雪村。その小太刀は、やはり単なる飾りなのか」

「……そんなことありません。近所の道場に通ってたのも本当です。
 でも、斬りかかるなんてできません! 刀で刺したら、人は死んじゃうんですよ!?」


…………。


「えと、千鶴ちゃん?」


そりゃないよ


「ぷっ……。あは、あははははは!


沖田さんが吹き出し、抱腹して笑い出した。おいおい、笑うんじゃないよ! せめて呆れる程度に留めようよ!


「斎藤君相手に【殺しちゃうかも】なんて、不安になれる君は文句なしにすごいよ、最高!」

「……うー」


千鶴ちゃんは、笑われたことに多少不満に思ったのか唸るように俯いた。


「刀って、斬るものなんですよ? 万一にも怪我しちゃったら困るじゃないですか。
 人を傷つけるかもしれない刃物を、意味もなく抜くなんてできません……!」

「そりゃ、最もな意見だけど。千鶴ちゃん、大丈夫…多分。ほら、そこの人、死んでも甦りそうだし

「…どういう意味だ」

「…いや、ごめんなさい」


強気な私は何処へ? 斎藤一に対してこんなに弱気になってしまっているとは…。
く、最初の頃は殴りかかる勢いだったのに、なんでだ?


結局、沖田さんが斎藤一とやりあうことで、腕前を認められれば前向きに考えるってことで…。
千鶴ちゃんは覚悟を決めたようだ。


「どうしても刃を使いたくないというのなら、鞘を刀代わりに使うか、峰打ちで打ち込め」

「……よろしくお願いします!」

「頑張って千鶴ちゃん!」

「忘れてるようだから言うけど、香奈ちゃんもだよね?


……わ、忘れ去ろうとしていたのに、コンチクショウ!
その一言に斎藤一がこっちを向いて「おまえは後だ」と呟きおった。


今最も苦手な奴を相手にするなんて…無理だよ!


文句を言いたかったが、口をつぐむ。千鶴ちゃんの目が本気になっているから。
小太刀を抜いて構えて、


「行きます!」


斎藤一に向かって踏み込んだ。


でも、私は知ってる。なぜ、斎藤一は抜刀しないのか。それは彼が……。



カキーン……。



「あ……」



居合いの達人だから。


投げられたボールを金属バットで打ったような、甲高い音が響いた。
千鶴ちゃんの小太刀は弾かれて、斎藤一は彼女のくび元に刃筋を突きつけている。

私は震え上がった。あの速さで…私も気絶させられたのだから。


「師を誇れ。おまえの剣には曇りが無い」

「え……?」

「太刀筋には心が現れる。おまえは、師に恵まれたのだろう」


そう呟くように言って、彼女から身を引いた。


「今の、は……」


硬直しつつも、千鶴ちゃんは声を出した。そうとう緊張しているのだろう。


「これ、いい小太刀だね。ずいぶん年代物みたいだけど……」

「え?」


確かに、とても綺麗な小太刀だと思う。
無駄な飾りは無いのに、それでも立派で華麗に思える。
鞘の黒塗りは艶やかで…高級感が…! 値段をつけるならどれぐらいになるのか。いや、やめろ自分。

沖田さんに言われて、千鶴ちゃんは彼と自分の手を見比べている。
それからはっとしていたのをみると、どうやら小太刀が弾き飛ばされたことに今気付いたんだろう。

あやまりつつ、千鶴ちゃんは小太刀を受け取りに行く…けど、手が若干震えていた。


「大丈夫?」


私が声をかけると、ぎこちなく頷いた。
手を握ってあげると、どうやら筋肉が硬直しているみたい。やっぱり。

触れて分かる。斎藤一の一撃の重さ。あれだけの速さで、力もすごいとなると…どうしようもない。


「やっぱり驚いたかな。斎藤君の居合いは達人級だからね」


満面の笑みを浮かべて、沖田さんは言う。それはいつも以上に楽しそうに。


「でも、居合いって……?」


小太刀を持つ千鶴ちゃんには、分からない単語だったのかな。


「鞘に収まってる状態から一気に剣を抜く動作で、相手を倒す技…かな」


曖昧にそう言ってみると、斎藤一が頷いた。


「そうだ。抜刀状態の刃が上向いているのはわかるな?」

「はい」

「本来であれば刀身が鞘から抜け切るまで待ち、刀を返して相手に刃を向ける手間がかかる」

「でも、片手だから威力はその分落ちますよね…?」


いまだ力のこもらない千鶴ちゃんの手を見ながらそういうと、沖田さんは頷く。


「それで結果的に実用性が低いなんていわれることもあるんだけどね」

「この人の場合、威力が低いどころか一撃必殺じゃないですか…」


目にも止まらない速さだ。気付いたころにはこの世に自分は居ないって。


もし、斎藤君が本気だったら。と、前置きをして沖田さんは続ける。


「君の小太刀を弾いた後、即座に追撃してトドメを刺してたと思うよ?」

「本気だったら……」


私も千鶴ちゃんも、彼が本気じゃなかったから生きている。恐怖と不安が一気に胸中に溢れてくる。
生きてるって、なんてすばらしいことなんだろうか。


「……落ち込むことは無いと思うが。おまえは外に連れ歩くに不便を感じない腕だ」

「え?」


きょとんとする千鶴ちゃんに、沖田さんは拍手する。


「斎藤君のお墨付きかあ。これって、かなりすごいことだよ?」

「居合いの達人からのお褒めの言葉だから、よかったね千鶴ちゃん…これで外に!」


期待がかった私の言葉は


「外出禁止令を出した人が許可するなら、いつでもつれていってあげるんだけどね?」


鬼を連想させる言葉の前に、虚しく消え去った。
そうだ、土方さん…今は居ないが、彼が最終決定権を持ってるんじゃないのか!


「「ですよね」」


がっくりとうな垂れる私たち。
まぁ、ここでふたりに認められるのならば、きっとなんらか力を貸してくれるでしょう!


「ま、千鶴ちゃん。大丈夫大丈夫!」

「…君さ、さっきから言ってるけど」


……香奈ちゃんは認められてないよ?

いや、だからそういうのは虚無の彼方に捨てていきませんか?