爆弾投下、数時間後……。私はとりあえず広間に残されていた。
近藤さん、土方さん、山南さん、沖田さんは……千鶴ちゃんの様子を見に出て行った。
ここに残ったのは他のメンバーで、私は井上さんの隣にいた。

井上さんは縄を解いてくれて……もう、この開放感が堪らなかった。


「あー自由ってスバラシイ!」


解放された腕をぐるんぐるん回して、自由になった喜びを表現。
いやー! だって縄で縛られるなんて今まで無かったし? こんなところでSMなんてありえないでしょ、うんうん。


「すまなかったねぇ、すこしきつく縛りすぎたかい?」

「い、いえいえ! 井上さんが悪いわけじゃないですし…その、暴れた私が問題で」


申し訳なさそうにする井上さんに対して、私は両手を前に突き出して謝らないでと伝えた。
だって、井上さんは優しいじゃないですか! もーおじさん素敵よ? 大好きよ?


「だよなー、まさか一君に殴りかかるなんて誰も思わなかった」

「う。でも……悔しかったんです、はい」


結局、覚えてろとかいっといて、一発入れ返してないし…! でも相手は至って冷静だし。
ちらっと斎藤一を見れば、我関せずとでもいう感じでこちらを見ようともしない。

あの態度がさらに…悔しい!


「なるほどな。昨夜は斎藤に気絶させられたのか」

「そういうことです。私、気絶させられたの初めてだったんですよ。師範にもさせられたことなかったのに!」


“親父にも殴られたこと無いのに”なんて、名台詞が浮かんだのはあえてスルーしよう。
このネタを、この時代で分かったらもはや神だよ。


「ま、斎藤は居合いの達人だからな」


感心するような声で原田さんが言う。居合いの、達人? うわ、そりゃ尚更動きが素早いわ!


「でも、油断してなければ避けれたと思うんです」


多分、ですが。
原田さんが言った言葉に、ちょっと自信喪失中ですよ私。


「にしても、ー! その空手っていうの、見せてくれよ」

「いいね、丁度腕も自由になってるんだしよ」


目を輝かせている爆弾投下組に、私は押された。


「まぁ、ちょっとだけ、なら」


渋々私も立ち上がる。まぁ、一応上司の頼みだし断っちゃいけないでしょう。
どうせ、昨日の夕方稽古やってないんだし…型なら、毎日やってる。


「……ふー」


私は一礼し、呼吸を整えて精神を統一する。そして、目を開き、自分に一喝。


「せいっ!」


一連の動きを、いつものようにやってみる。幸いジーンズだから、足もちゃんと上げられる。
あぁ、やっぱりこれがないと落ち着かない。これをやっているときが一番落ち着く…。


「はー…」


短い型で、とりあえず留めておき、また一礼してから見ていた人を見渡す。




……え、何この沈黙!?





「…あの?」

「すっげぇー迫力だな!」


さらに目を輝かせてきた。え、藤堂さん? 可愛いんですけど、あなた可愛いんですけど!


「俺、よく分からないけどよ…かっこよかったぜ、

「そりゃ、ありがとうございます?」

「やってるときの顔、別人だったな」


原田さんまで笑ってそういう。別人て…褒めてらっしゃります?
永倉さんも頷いて


「その動きがあれば、不逞な輩も倒せるんじゃねぇのか?」

「まぁ、ゴロツキを倒したことは…あ! 武器は持ってない人ですよ?」


武器なんて持ってる人を相手にしたら、さすがにバッサリでしょ!
痴漢とかひったくりとか、そういう人を退治したことはちょっとある。
そういう意味で言ったという事を分かってもらう為に言葉を付け足した。誤解されたらエラいことになるからね。


「これで瓦も割れるんですよ? 結構」

「うげ、まじかよ」

「じゃあ、自分の身は守れるんだな」

「まぁ、一応」

「ここに居ても問題なさそうだな。性別を除けば、だが」


う…原田さん、痛いところつかないで下さいー。


「ここはやっぱ男装しかないんですかね。私、女らしくないですし」

「無理が無いわけじゃないだろうが……さいわいお前、胸そこまででかくないしな

「……、どういうことですか」


私はプルプル震えて、永倉さんを睨み付けた。
えーそうですとも、貧乳ですとも。でも、貧乳はステータスだと思いません? デスヨネ!?


「おま、自分で言ってただろうがよ! 遊郭の話で!」

自分で言うのと、人から言われるのとではなんか雰囲気違いマース

おいおいおい、左之! お前からも言ってやれよ」

「これだから新八は、女の扱いに慣れてねぇってんだよ」


やれやれ、と言った様子で原田さんは私を見た。


…小さい方がいろいろ得だろ?


フォローになってヌェよ、ボケィ!


「ッ私の肩を持ってるんですか、貶してるんですかそれは!
 あーもういいですー、これから成長するんです! どこの女にも負けない立派な乳に成長してやるぅう

「おー、なら俺が手伝ってやろうか? 任せとけ」

「…原田さん、それセクハラです」


私が咄嗟に言った一言に、首を傾げられた。
そうか、セクハラって単語は理解されないのか。


「なんつーか、女の子に言っちゃならない台詞です」


胸元を隠しつつそう言うと、藤堂さんが同意してくれた。


「だよなー? 左之さんも新八っつぁんも結局、ただのおじさんなんだよ」

「おい、平助。いい加減にしろ!」


また3人は騒ぎ始める。……仲がいいな、あそこ。今日から3バカと名づけよう。
そんな3人を見て「元気がいいねぇ」と笑っている井上さんと、横目で見つつも関わってこない斎藤一。



そんな騒がしさを裂く様に、襖が開けられた。
その向こうから来たのは様子を見に行った4人と……千鶴ちゃん本人だった。


今度は千鶴ちゃんを囲んで、彼女の処遇を完全に決めるみたい…。

ここではっきりと、千鶴ちゃんが女であることが明かされた。


「え、やっぱ気付いてたんだ…。千鶴ちゃん、可愛いから」

「む、君も気付いていたとは…」

「まぁ同じ女ですから」


第一、私の100倍は可愛いもん! アイドルですよ、アイドル!
くりっとした目に、つるつる素肌、艶やかな髪、女の子らしい小柄な姿…。

クラッとくるわー…うん

彼女が女だと分かった各々は、そりゃまぁいろんな反応を見せている。
どうやら気付いていなかったのは近藤さん、井上さん、永倉さん、藤堂さんだけ。
ほかはみんな気付いていた。やっぱ、千鶴ちゃんの魅力に気付かないわけがないんだよ!

さっきまでスケベな談義していた2人も会話に加わる。


「女だ女だって言うが、別に証拠はないんだろ?」

「永倉さん、見てください。どうみても私の数千倍の可愛さを持ってると思いませんか?

「そんな自虐的なこと言うなよ…正真正銘の女のお前が」


呆れ気味に原田さんは言う。そしてそのまま楽しげな笑みを浮かべる。


「それに証拠も何も、一目瞭然だろうが。何なら脱がせてみるか?」


ぶっ!


「許さん、許さんぞ! 衆目の中、女子に肌をさらさせるなど言語道断!!」

原田さんのスケベ、変態! さっきからそういう事しか言えないんですか貴方は!」


私と近藤さんが真っ赤になって反論すると、


「それが一番手っ取り早いと思ったんだが……」


と、決まり悪そうな顔をしていった。
そんな顔したって、前科ありの原田さんにはもはやエロリストの称号が付与されてますからね。私の脳内では!


「しかし本当に女だって言うなら、殺しちまうのも忍びねぇやな……」

「男だろうが女だろうが、性別の違いは生かす理由にならねぇよ」


永倉さんの考え込んだような呟きに、ぴしゃりと土方さんが釘を刺した。
そんな厳しい鬼副長の一言に、山南さんも頷いた。


「ごもっともです。女性に限らず、そもそも人を殺すのは忍びないことです」


今日の治安を守るために組織された自分たちが、無益な殺生をするわけにはいかない。

最もな言い分です。さすが山南さん!
私が山南さんの意見にうんうん頷いていると、沖田さんが横から厳しい一言。


「結局、女の子だろうが男の子だろうが、今日の平安を乱しかねないなら話しは別ですよね」

「「……」」


この人は、笑っていえる。笑いながらの、本気なんですか。
千鶴ちゃんは落ち込んだように目線を下げた。

……いろいろ、考えるところはあるんだろう。この時代の人じゃない私には、分からないことが。


「それを判断する為にも、まず君の話を聞かせてくれるか」


近藤さんに促され、千鶴ちゃんは下がってた視線を上向けた。
そして、私も初めて聞く話を始めた。


千鶴ちゃんは、江戸から京へ知人を訪ねてやってきて女の子。
その本来の目的は、京に行くと行ってそれきり音信不通のお父さんを探すため。
でも、知人も居なくてどうしようかと思っている時に……あの夜の事件になったと言う。


「……女の子1人で、えらいね」


私は千鶴ちゃんに駆け寄ってそういった。
この時代だからかもしれないけど、それでもえらい、立派。

私なんて、文句言いながらお母さんの命令を受けて買い物に行ってたんだから…うん。


その話を聞いてきっと感慨深くなったのだろう、近藤さんは目を潤ませていた。


「して、そのお父上は何をしに京へ?」

「父様は、雪村綱道という蘭方医で――」


その当たり前の質問の答が、皆を凍らせる。
あの土方さんすら、目を見開かせていた…え、何?

一変した空気に、私と千鶴ちゃんだけがうろたえているようだった。


「な、なんか変なこと言った? 千鶴ちゃん」

「う、ううん。そんなことはない…けど」


蘭方医って…お医者さん? 分かんないけど…。

首をかしげていると山南さんが「なるほど」と呟いた。


「これは、これは……。まさか綱道氏のご息女とはね」

「父様を、知っているんですか……?」


無言だが、あの口ぶりと反応は知っているんだろう。
それも、山南さんだけじゃない。この場にいる誰もが、千鶴ちゃんのお父さんを知ってる。


「……綱道氏の行方は、現在、新選組で調査している」

「新選組が…!?」

「千鶴ちゃんのお父さんのことを…!?」


私たちは驚きの声をあげた。一体なんで? どうして!?
な、なんか追われるようなことをしてたの!?

緊張感が漂う私たちに、沖田さんがあの微笑み携えて言った。


「あ、勘違いしないでね。僕たちは綱道さんを狙ってるわけじゃないから」

「あ……、はい」


ほっとする千鶴ちゃん。そりゃ、そうだよね…。新選組が調査中ってすごい不安要素たっぷりじゃん。
じゃあ狙ってるわけじゃないのなら、なんだろう。
続けて沖田さんが言うには、千鶴パパは幕府の協力者だけど、今行方知れずらしい。
斎藤一がそこに加えて反幕府の人たちが彼に目をつけた可能性があるといった。
その言葉に千鶴ちゃんは目を見開いた。命が、狙われているのかも知れない。

でも…。


「……千鶴ちゃん、お父さんってその、お医者様なんでしょ?」

「うん……」

「ならきっと、大丈夫。貴重なんだよ、そういう人は…。そうですよ、ね?」


励ます為にいった一言、確証が欲しくて沖田さんと斎藤一を見る。
彼らは私を見て一瞬目を瞬かせたが、すぐに斎藤一がそれに頷いた。


「……生きている公算も高い。お前の言うように利用価値がある存在だ」


それでも、千鶴ちゃんは不安そうだった。
顔を真っ青にさせて、俯いて…。

私は千鶴ちゃんの手をそっと握る。


「!」


それしか、出来ない。


「大丈夫だよ、信じよう。娘の千鶴ちゃんが信じなきゃ、誰が信じたって意味が無いよ」


自分の言葉も無意味だろうけど。それでも、元気付けたいのだ。


「綱道氏が見つかる可能性は、君のおかげで格段に上昇しましたよ」

「え…?」


山南さん曰く、お父上がこの場所を訪れたのはほんの数回だと言う。
面識の少ない人間であれば、探すのだって一苦労。つまり…


「娘の千鶴ちゃんなら、一発で分かる…ってことですか」

君…君は中々鋭いようで、少々驚いていますよ」

「……山南さん」


驚いてるんなら、「わぁびっくり!」的な表情してくれませんかね。


さて、これで千鶴ちゃんを殺すわけには行かなくなったと土方さんは面倒そうに呟いた。
そして昨晩の事を忘れることを条件に、保護してくれるといった。


「千鶴ちゃん……やったねぇ!!」

「え!?」


私は握った手を解いて、そのまま千鶴ちゃんにダーイヴ!!!
イエス、ラブ、ダイブです!


「私もここにいられるから、千鶴ちゃんも一緒! これでお父様も見つかれば万々歳だよ!」

「いちいち、騒ぐんじゃねぇ! …ったく、少しはこいつの大人しさを見習え」

「土方さん…大人しいって言っても、この子さっき脱走しようとした前科ありだけどね

「……そ、それは…」


千鶴ちゃんは慌てて沖田さんのほうを見ていた。
え、脱走しようとしたんだ。度胸あるねぇ!




それからと言うもの、千鶴ちゃんと私をどうするかでいろいろ話し合われた。
女だからいろいろと問題がある。まず、私は男装決定で…。
千鶴ちゃんは誰かの小姓……って何かしらないけど、そうなることになったらしい。
言いだしっぺは土方さんだから、土方さんで。そう言った沖田さんに次々と賛同していく。

土方さんは怒りとも呆れとも取れるような、微妙な表情で周りを見ていた。


どうやら、まだまだ問題は残っている模様です。