その表情から放たれた言葉に、折角冷静になりかけた頭がまた加熱されたのだ。 「ほら、殺しちゃいましょうよ。口封じするなら、それが一番じゃないですか」 「そんな!」 「ッ何だって!?」 私が今にも食い掛からんと言う勢いで飛び出そうとする。よりも早く、近藤さんが声を上げた。 「……総司、物騒なことを言うな。お上の民を無闇に殺して何とする」 厳しい一言に、やっと笑みを消した沖田さんは目を伏せた。 「そんな顔しないで下さいよ。今のは、ただの冗談ですから」 冗談? 「……冗談に聞こえる冗談を言え」 冗談で…。 「…冗談で、人を殺すって、言えるの、ここの人たちは」 私の侮蔑の一言がその場を裂く。 「分かってますよ、人を斬るのは平和を守るため。幕府のため。でも…」 私はキッと沖田さんを睨みつけた。 「殺すんなら、それなりの覚悟持ってください。それを茶化すなんて…」 下郎のすることだ。 最後だけは、飲み込んだ。言えば、確実に殺される。分かっていたから。 「…君さ、やっぱり肝が据わってるよね。普通、男にそこまではっきり言えないものだよ」 「私の暮らしていたところ、男より女の方が強かったんです」 あれだ、草食系男子、肉食系女子の時代…って奴だね! 何はともあれ、さすがに命知らずな真似をしすぎてる。これ上反感を買うわけには行かない。 私は、深々と頭を下げる。これは、ここにいる全員に対する謝罪だ。 「…すいません。出過ぎました」 「いや、いい。君の言っていることは正論だ」 近藤さんが優しげな笑みを私に向けてくれて、内心ほっとする。 どうやら、殺されずに済みそうだ。 そこから、千鶴ちゃんの処遇に対しての論争がまた始まる。 何とかならないだろうか、と苦しそうな表情の井上さん。 秘密を漏らされたら一大事だ、と言うのは山南さん。 その山南さんに意見を求められた土方さんは答えた。 「俺達は昨晩、士道に背いた隊士を粛清した。……こいつは、その現場に居合わせた」 「――それだけだ、と仰りたいんですか?」 「実際、このガキの認識なんざ、その程度のもんだとは思うんだが……」 え、違うの? 仲間内でのことだと思ってたんだけど…そこが重要なんだよね。 新選組はいろいろと厳しいから、背けば切腹だったりするんだっけ、確か。 あんまり歴史は得意じゃないけど…。 「……けどよ、こればっかりは大義のためにも内密にしなきゃなんねぇことなんだろ? 新選組の隊士は血に狂ってるなんてうわさが立ちゃあ、俺らの隊務にだって支障が出るぜ」 …血に、狂う? それが【失敗】なんだろうか。その理由が…秘密なんだ。 今度は藤堂さんが困ったような顔で自分の意見を述べた。逃がしてもいいと言う、優しい意見。 「こいつは別に、あいつらが血に狂った理由を知っちまったわけでもないんだしさ」 …やっぱり。 千鶴ちゃんもその言葉に目を瞬かせた。きっと、同じように疑問符を浮かべているに違いない。 私たちを見て、土方さんが忌々しそうに舌打ちをした。 「平助。……余計な情報をくれてやるな」 すると、藤堂さんは慌てて口を塞いだ。 ああ、ここにいたら何もしなくても罪が深まってくじゃないか…呆れる。 幹部のせいだよ、ええ、これは浅はかな幹部のせい。 永倉さんと原田さんは、諦めろといわんばかりに千鶴ちゃんに向き直っている。 「男子たるもの、死ぬ覚悟くらいできてんだろ? おまえも諦めてはらくくっちまいな」 「確かに、潔く死ぬのも男の道だな。俺も若い頃は切腹したし」 「え、切腹したのに、生きてるんですか!?」 「まぁな、こいつの場合はな」 ぶ、物騒な台詞だな、おい。 にしても、男だと完全に思われてるな…これ。 まだ気付かれていないことに驚いているのか、千鶴ちゃんはキョトンとしている。 素人の私でも分かったのに…気付いてないなんて、面白いな。 そんなやりとりを黙ってみていた斎藤一が口を開く。とりあえず、千鶴ちゃんを部屋に戻すというものだった。 「同席させた状態で誰かが機密を洩らせば、……処分も何も、殺す他なくなる」 奴は私と同じ意見だったことに…少なからず驚いた。でも…なんで? 「私は?」 「あんたの処遇はここで決められる。そいつとは無関係の問題だ」 「……そう」 でも、話を聞いちゃったんだからまずいんじゃないの? 千鶴ちゃんが部屋に戻る前に、藤堂さんが彼女に謝っていた。 自分が迂闊に洩らした言葉のせいで、彼女の危険がさらに高まったから悪く思っているんだろう。 千鶴ちゃんはぎこちなくうなずいて、それから私を心配そうに見つめていた。 そんな千鶴ちゃんに、私も大丈夫だと頷いて見せた。 「…で、私はどうなるんですか?」 …暫くの沈黙の後、近藤さんが興味深そうに聞いてきた。 「君はその――“空手”というものが得意だと言ったね。それは一体どのようなものだ?」 …どのようなものって言われても…手が縛られてちゃ型を見せられない。 どう説明しようか考え抜いた結果、 「型や組手というのがあるんですが…えっと、どう説明しましょうか」 苦笑しながらそう答えた。この時代にはまだ、空手がちゃんと普及していないんだ。 薩摩の人ならきっと分かってる人も居たのかもしれないけど…新選組で薩摩の名前は良くない。 私の頭はぶっちゃけた話よろしくないので、知識が何処まであってるのか信用ならぬぇ事態だけどな! 「型は技を決まった順序で演舞することを言います。まあ一人稽古みたいな感じですかね。 組手は二人一組です。2人で演舞したり、自由に技を掛け合ったり、本気で戦ったり…まぁそんな感じです」 「剣道と、なんとなく似ているのだな」 「んーそう思うなら、そうなんでしょうか」 困ったな、空手のこと根掘り葉掘り聞かれるとまずい事態になりそうだもん。 もしここで「斬首」なんてことになったら…ヒィ、家帰れないんじゃない!? 卵買いに行って、マンホールに落ちて、斬首って…おいおい。 あ、そういえば。 「私が持ってた荷物はどうなったんですか?」 中身卵だから、いくら保冷機能つきとはいえ…外に放置はきついよね!? 「中身を確認してこちらで預からせてもらっています」 微笑みながら山南さんがそういった。良かった…て、卵なんてどうでもいいんだけどさ。 お母さんがチャーハン卵無しで食べるだけなんだろうけど、さ。 「……お前は、直接見たわけではない。斎藤に殴りかかろうとしたが、それ以外は大人しいもんだ」 土方さんは何かを見定めるような目で私を見て、そう言った。 …もしも、私は無罪で捕らわれている理由が無い、と判断されたら…自由になるのかな。 でも、ちょっと待て。 ここが幕末なら、わたしどうやって生きていけばいいのさ! お金なんて持ってないし、服は異様だし…まあ、この服を売ったとしても真っ裸でうろつくわけには行かない。 おいおい、生活難民じゃないか私! どうやって生計立ててけばいいんだよ! あ、あれか…ちょっくら遊郭に飛び出て、大人の魅力うっふんで儲け……アカン。 どこにそんな魅力があるんだ、バカ。京女には絶対勝てないわ、こんな幼稚体型。 幹部連中が話し合ってても、私には聞こえていない。 どうする、私。ここで生き抜くためには…帰るため生き抜くには、まず場所がないと。 と、なれば! 「あ、あの……」 恐る恐る声をあげた。全員が再び私を見る。 「厚かましいんですが、しばらくの間…ここに置いてくれませんか?」 何言ってるんだろう。自分でもそう思う。 相手は自分を捕まえた人たちで、自分は捕らわれている身だと言うのに。 でも、そうするしかなかった。ここでは私、生きていけないから。 「何言ってんだよ。お前、自分の立場分かってるのか?」 藤堂さんが動揺しながらそう言っていた。でも…生き抜くためには! 「私、帰る場所が無いんです。師範がその、いなくなってからは、生活が苦しいんです」 ダラダラ過ごしていた毎日だった。でも、決して楽ではなかった。 本当は空手を、師範とあの道場でやっていたかった。諦めたくなくて、習慣付いた稽古をやめなかった。 それが苦しかった。どうして隣には師範が居ないのだろう。 「ぶっちゃけた話、私無一文ですし。服を売って、生活しようにも…その、女が裸なんて、だめでしょうし」 …俯きながら、そう話す。 「道場とか通いにいこうにも、女だから、きっと受け入れてもらえない」 男尊女卑の時代、ってわけじゃないかもしれないけど…さっき沖田さんが言ってた。 女が男に喰らいつくのは、きっと稀なことなんだ。 「遊郭に入ろうにも…これじゃあ…ねぇ」 チラリと自分の体を見た。ああ、いつ見ても情けない体……! 「ゆっ!? 年頃の女子がそういうことを言うものじゃない!」 その言葉に近藤さんは顔を真っ赤にして抗議した。でも、それだけ私は本気だという事! 「じゃあどうやって、生きていけばいいんですか? 私にはもう、空手しか残っていないのに!」 叫ぶように声をあげた。そうだもう、私には空手しかない! 「下働きでも、捕虜でも、奴隷でも、なんだっていいんです」 私に生きる場所を、下さい。 私は土下座の勢いで頭を下げた。それだけ必死で、それだけ本気だという事を示す為に。 もしこれでダメだったら…野ざらし紀行をするしかない。松尾芭蕉もびっくりだね。 山でクマと戦うってのもありだな。いやーさすがに無理だ、100%逃げるわ私が。 冷や汗が、私の額から伝って落ちて行くのを見たときだった。 「……いいだろう」 「え?」 にっこり笑った近藤さんが、私の傍に来て肩に手を置いてくれた。 優しげな顔、私は顔を上げてその表情に見入っていた。 「近藤さん! あんた、何言ってんだよ!」 永倉さんが正気か? とも呟く中で、彼は頷いていた。 「……このような女子を、乱れた世の中に放るわけにもいかんだろう」 「まぁ、それも一理あるが……。だからってこの新選組で預かる必要もないんじゃねぇのか?」 原田さんが呆れ気味の声で、そう述べる。それには山南さんが同意した。 「その通りです。彼女はもしかしたら、間者かも知れません。先ほど…薩摩、という言葉も出ましたしね」 やっぱ、気になってたんだあの人ー! やっぱ怖いよ山南さん! だが、間者じゃないかと言う疑いを否定したのは……、予想外の人物だった。 「それは、ない」 斎藤、一だ。 「一君、彼女の肩をもってばっかりだね」 沖田さんの茶化すような一言にも答えず、じっと私を見ていた。 「……目を見れば分かる。こいつは、真剣だ」 ……目で、分かるものなのか。 私は思わず斎藤一の目をじっと見返していた。今度は睨むこともせず、ただじっと。 深い青色の瞳から感情を読み取るのは難しい、でも確かに、嘘偽りの無い感情をぶつけているような気がした。 それが妙にくすぐったくて、私はふっと目を逸らす。だいたい、見つめ合ってるも同然じゃねぇか、コレ。 「まぁ、一君のいう事も分かるけどね。彼女が間者だったら、あんな間抜けた登場しないでしょ」 「ま、まぬけ…!」 「まぁそうだよな。間者になるんだったら、取り入るなりなんなり、最初からしてるだろうし」 「馬鹿にされてるんですか、それ…!」 沖田さん、藤堂さんにも、間者じゃないと言われている。が、納得は行かない。 どこまで馬鹿にしてるんですかあんたらは…! 殴りたい、いますぐ地球の裏側まで殴り飛ばしてあげたい! 「トシはどうだ」 「今更俺に意見を求めてんじゃねぇよ。局長はあんただ、あんたがそう言うなら反論する気はねぇ」 そうは言っても呆れ顔。 「……、と言ったな。とりあえず、釘を刺しておく。 もし、お前に不審な行動が見つかれば俺達は即座にお前を斬る、いいな」 一変して、真剣で冷たい眼に変わった土方さんに、再び背が凍った。 遠まわしに“立場をわきまえろ”とでも言いたいのか、はたまた“認めてない”といってるのか。 どっちにしろ、私は信頼に値する人物ではないという事なのだ。 「覚悟の上、です」 でも、私は挑戦的な笑みを、辛うじて浮かべた。自信たっぷりの笑み。 それを見た土方さんは……口の端をあげて「言うじゃねぇか」と呟いた。 「とりあえず、君の身は我々で預かろう。君の処遇は追って伝える、いいか?」 「はい、ありがとうございます!」 …こうして、私はとりあえず…生きていけるようだ。 この先、どんな運命が待っていても……私は自分の時代に戻るまで、頑張り続ける。 それっきゃない、頑張ろう! 「あ、でもさー土方さん。女がここにいるって言うのは、ちょっと問題だよな?」 「それもそうだよな。どうすんだ?」 藤堂平助、永倉新八、両名爆弾投下。……問題は、まだ残っていた。 |