井上さんの後ろをついて歩く。 歩いている最中に気付いたんだけど、この縄…予想外にゆるかった。 これなら抜けるのも時間の問題だけど、まぁ…縄抜けしたらそれこそ問題だし、黙っておこう。 そうして、ひとつの部屋の襖をそっと開ける。 中には…たくさんの人が、座っていた。 一斉に突き刺すような視線を向けられる。…千鶴ちゃんが可愛いから、大注目ですな。 あ、私? 動物園の珍種でしょ。服はそのままだし物珍しさの含められた視線だね。 ふっと、その視線を一つ一つ追っていく。その中の視線の1つを見つけて…私の頭に血が上った…! あれは……! 「ッ斎藤一!!」 さっきまで自分が考えた事も忘れて、床を蹴った。 私の腕から外れた縄が床に落ちたと同じぐらいには、すでに私は斎藤に殴りかかっていた。 「おいっ!」 だけど、それは刀で止められる…この刀は昨日も見た。 「威勢がいいね。縄を抜けてまで、一君にご執心?」 沖田総司…か。 でも、私は彼には目もくれず…表情も変えないで私を見ている斎藤を睨みつけた。 「私、覚えてろって言ったもの。忘れたとは言わせない!」 「……」 だー! 何も言わないのか、この男! とりあえず、その場は井上さんが解けた縄で私をもう一度縛ることで収まった。 その間、沖田さんは千鶴ちゃんにちょっかいをかけているみたい。 あの、すけこまし! 可愛い千鶴ちゃんに近寄るんじゃないぃい!! 「あの、大丈夫?」 土方さんに咎められた沖田さんから逃れた千鶴ちゃんが心配そうにそう聞いてきた。 私は怪我もしてないのだから、心配しなくていいんだけど…きっと感情について聞いてきたんだろう。 「大丈夫、今は」 これだけきつく縛られちゃったら…さすがに抜け出せそうにない。諦めるしかない、かぁ。 「でさ、土方さん。……そいつらが目撃者?」 そう言ってきたのは、この中でも特に若いように見えた。多分…この人が藤堂平助って人だろうな。 井上さんにここにくるまで幹部のことを聞いた。 予想通り。やっぱり若い、新選組は青年の集団だもんねぇ。 頭にバンダナみたいなものを巻いているのが、永倉新八で…その隣の美青年が原田左之助って人かな。 なんとなくだけど、井上さんの話どおりな気がする。 「ちっちゃいし細っこいなぁ……。まだガキじゃん、こいつ」 にしても、憎たらしい奴だな…。 千鶴ちゃんは女の子なんだぞ! そのちっちゃさが可愛らしいんだコノヤロー! と言いたかったけど、男装してるからそんなこといえない。 「おまえがガキとか言うなよ、平助」 「だな。世間様から見りゃ、おまえもこいつも似たようなもんだろうよ」 2人で頷きあってそう言っている。それに対して、やんちゃな顔をしながら言い返す。 「うるさいなあ、おじさん二人は黙ってなよ」 「ふざけんなよ、このお坊ちゃまが! 俺らにそんな口きいて良いと思ってんのか?」 「平助におじさん呼ばわりされるほど、年食ってねぇよ。……新八はともかく、俺はな」 「てめえ……。裏切るのか、左之」 賑やかだな…彼ら。でも場の雰囲気はこの賑やかさの中でも変わらない。 私がさらに悪化させたんだろう、この邪魔者扱いされてるーみたいな、そんな雰囲気? ま、部外者だから仕方ないか。 「で、そっちの女は例の?」 「っぽいよな」 原田さんが私に視線を向けてくる。…例のって、何だ。ああ、そうか。 「そうですよ。変なところから現れた異人扱いされてる女です」 そう皮肉たっぷりに言ってみると、きょとんとしたように原田さんと永倉さんが互いの顔を見合す。 …なんだ、興味津々で聞いてきたんじゃないのか。 「なんですか?」 「肝据わってんじゃねぇか、と思ってな」 ニヤニヤしながら永倉さんはそう言う。…ニヤニヤしてんじゃない! 「口さがない方ばかりで申し訳ありません。あまり、怖がらないでくださいね」 「あ……」 そう優しく声をかけた、丸い眼鏡の人…、きっとこの人が山南敬助。 でも、井上さんの話では――。 「何言ってんだ。一番怖いのはあんただろ、山南さん」 からかうような口調で土方さんが言う。鬼の土方歳三が言うんだ、やっぱり怖い人なんだ。 そう思うと、私は思わず一歩引いた。 対する山南さんは、微笑んだまま「心外だ」と言っている。 土方さんにも淡い笑顔が浮かんでいる……。笑顔と笑顔の応戦が怖いぞ、おい。 「トシと山南君は、相変わらず仲が良いなあ」 そんなふたりを見て、笑いながら言った。…残る彼は、近藤勇。局長、トップじゃん! 「……局長さん?」 私が確かめるようにそういうと、彼は頷いた。 「そうだ。自己紹介が遅れたな。俺が新選組局長、近藤勇だ」 やっぱり! この人トップだ。そんな感じするよ…風格が出てるもん! 土方さんも山南さんもそんなオーラでてるけど、ありゃ負のオーラだ。怖い怖い! その後、続けざまに土方さんと山南さんの役職を言うところで、副長の呆れた声が挟まる。 「いや、近藤さん」 なんで色々教えてやってんだよ、あんたは。 そう言った土方さんは、声と同じく顔も呆れている。すると局長である彼は困ったような顔をしていた。 「……む? ま、まずいのか?」 「情報を与える必要が無いんだったら、黙ってるほうが得策なんじゃないですかねえ」 「わざわざ教えてやる義理は無いんじゃね?」 口々にそういわれてうろたえる近藤勇。その様子がおかしくて、笑ってしまいそうだった。 別に役職なんて、知ったところでどうとかって訳じゃないのに。 原田さんも同意見だったのか「知られて困ることもねぇよ」と言った。 しばらくしょんぼりとした顔だった近藤さんも、やがて気を取り直し堂々と立った。 「……さて、本題に入ろう」 近藤さんの視線を受けた斎藤一は、昨晩の状況を淡々と述べていた。 それは、私が来る前の状況から始まり――…。 「…【失敗】した様子を目撃された後、彼女――が上から落下してきました」 私が現れた状況まで至った。 そう言いながら、私と千鶴ちゃんの方にちらりと視線を投げた。 「私、何も見てません」 きっぱりと言い切った千鶴ちゃんに、私は思わず首を傾げた。 あの状況で、私すらもちょっと見てしまったものを…彼女が見ていない訳が無い。 その言葉に各々が表情を変える。――沖田さんと、斎藤一を除いて。 藤堂さんの問いにも同じ答えを返すけれど、それでも苦しい状況だ。 だって、話では千鶴ちゃんは『助けられている』のだから。 ――その、【失敗】した隊士が、千鶴ちゃんを追ってきた浪士を、斬り殺したところは、見てしまってるはず。 そう追い詰められると、千鶴ちゃんは言葉が出来なかった。 「千鶴ちゃんは、根が素直なんだね」 私の呟きに、原田さんが続けるように言った。 「それ自体は悪いことじゃないんだろうが……」 曖昧な言葉の切り方は、まるでその答を…言っているようだった。 私は…? そう思って顔を上げる。真っ先に視線が交わったのは、斎藤一だった。 「……その面では、お前は直接見たわけじゃない」 「でも、ここに居る時点で話を聞いた。罪ではある、違う?」 「聞かせている、という風にも取れる」 「何、殴りかかった私を庇護するの?」 少し挑発的に言っても、表情を変えることは無い。 私は、別に恨んでるとか怒ってるとかじゃない…。ただ、悔しいのだ。一発入れられたことも、あの冷静さも。 だから、頭に血が上る。斎藤一から目を逸らして、落ち着く。血気盛んなのは私の悪い癖。 「私、直接見たわけじゃないけど。危険分子に間違いは無いですよね? ちづ…、そこの子より」 そういいながら、私は何を聞かれてもいいように…言い訳を考えていた。 「だって、空から落っこちてきたんですよ、私」 奇抜な格好で。 「もしかしたら、天女様だったりするかもしれませんよ」 ちょっとふざけたように言って見ると、土方さんがジロリと私を睨みつける。 その目力に多少気おされたが、ぐっと堪える。 「じゃあ、お前は何であんな現れ方をしたんだ?」 鬼の目力に負けじと、私も目を鋭くする。 …あ、現れ方を聞かれるとは思わなかった。どこから来たのか、とかなら聞かれると思ってたのに…! 「……屋根の上を、走ってたんです」 …………はい? 私を見ていた人全員が、『んなアホな』的な視線を向けてくる。 「な、なんで屋根の上を走る必要があるんだよ!」 藤堂さん、その質問は勘弁して! 言い訳しづらいじゃないか! …あ、あれだ…あれだよ! さっきも話に出ていた不逞浪士! 「ふ、不逞浪士が、うろついてるってのに、道を歩くわけには、いかない、じゃないです、か」 こ、これなら正当な理由じゃない? 我ながら天晴れな回答ー! そう思って質問してきた藤堂さん、近くにいた原田さんと永倉さんを見る。 すると彼らは「そりゃそうだろうけど…」みたいな、納得してるような、そうでもないような微妙な表情をした。 こ、ここまで言ったらもう引き下がれない。未来からきたって言うよりは、こっちの方がよっぽど信じてもらえる! 「それに、見たじゃないですか、皆さん。私が…さい、と、そこの人に殴りかかったときの俊敏さを!」 斎藤一、とフルネームでいいそうになったのを堪えて、彼を指差す。 私は空手を特異としている上に、ちょこまかと動くことの出来る俊敏性がある。 これは、師範からも褒められている部分だから……、認めてもらえるはず。 「だから、その……屋根の上も、なんのその、ってことです、忍者みたいな?」 最後のふざけた感じはぼやく程度に抑えておいた。 「じゃあその格好は? どう説明つけるんだ」 いいね永倉さん! その質問を待ってたよ。 ここからは師範からの知識と、私の想像を織り交ぜた素敵な言い訳が口から飛び出します。 「私に技を教えてくれた人から貰ったんです。その人…鹿児し…薩摩にも行った事があるらしくて」 ここで薩摩の名前を出すのはよくないと思ったけど、誰もそこには突っかかってこなかった。 それに安堵した私は、そのまま言葉を続ける。落ち着けば、大丈夫。 「薩摩は、色んな知識や物を得ていた。この服もそうですし、私の戦いのスタイル――えっと、流派、もそう。 刀を使うんじゃなくて、自分の体を武器にする、えっと…私は“空手”って聞いた、んですけど」 うう、想像力の限界か…。 でも師範の話は間違いの無いこと。空手の原型は琉球にあったっていってたもん。 それが薩摩藩とのいざこざがあるうちに、薩摩に流れ着くというのはよくある話。 大丈夫だよ、ね? 私はそう思いながら一番視線の優しい近藤さんをみた。 「なるほど。君の師範殿は立派な方だったのだな」 「え、ええ。まぁ、でも…その人も旅をする人ですから、私が勝手に師範と呼んでるだけ、ですけど」 師範のことはこれ以上聞かれるとダメだ。説明がつかない。 だから私は、師範は旅人で留まることを知らない人。私と過ごしたのもほんの数ヶ月で、後は我流で技を磨いた。 ということを説明した。 …この話に、沖田さんは微笑みを絶やすことなく聞いていて、 土方さんは怪訝な目を向けながらも、黙って聞いていた。 斎藤一は…、表情を変えない。 これ以上は、もう説明できない。だから、もうこれ以上追い詰めてこないでくれ…! 「ともかく、だ」 土方さんは私に向けていた視線を千鶴ちゃんに戻る。 そうだ、私だけの話じゃない…千鶴ちゃんだってこの問題は…。 「わ、私……、私、誰にも言いませんから!」 唇を震わせながらも、そう言った。 彼女の言葉に、山南さんは冷静に言葉を返す。 「偶然、浪士に絡まれていたと言う君が、敵側の人間だとまでは言いませんが……」 ふっと息を吐き、続ける。 「君に言うつもりが無くとも、相手の誘導尋問に乗せられる可能性はある」 その言葉に言葉を詰まらせてしまう千鶴ちゃん…。見ていて、とても辛かった。 私と千鶴ちゃんは、同じ囚われの身と言うのにこんなにも立場が違うなんて。 「話さないと言うのは簡単だが、こいつが新選組に義理立てする理由もない」 「約束を破らない保証なんて無いですし、やっぱり解放するのは難しいですよねえ」 この2人は、やっぱりなんか…嫌だった。 さっきから表情を変えることをしない。斎藤一は冷静すぎるし、沖田さんは何を考えているか分からない。 そう思いながらも睨みつけていると、沖田さんはより楽しそうな表情をした。 |