ぶっちゃけた話、私は朝が弱い。んでもって夜フィーバーする派だ。 どうでもいいかもしれないけど、私にとっては重要だから。そこ、覚えておくように! 「ー、いつまでダラダラしてるの。ちょっと下に降りてきなさい」 「…ぬぁぁあ」 寝たの、夜中の3時ですぜ、マミー。寝かせてくれよー。 「いつも夜遅く何やってるの?」って聞かれて、答えないのはやましいことをしてるからだよマミー。 …嘘です。別にやましいことはしていません。漫画読んだりゲームしたり、ネット繋いでたりだよ。 疑わないでくれよマミー…、とか、意味の分からない思考を携えて1階へ降りてみた。 「…何ー」 私がこんなダラけた生活をするようになったのは3ヶ月前から。 通っていた道場が門下生不足で潰れてしまったことにより、やる気が霧散した。 本気でやっていただけに、なくなると空っぽ。 だから趣味だったものに呆けてしまっている…まぁ、完全にではないけども。 「他の空手の道場見つけてきたけど…どうする?」 「…」 習っていたのは空手。空手は大好きだったけど…それ以上に大好きだったのは…。 「いい。師範があの人じゃなきゃ」 「そう?」 師範だった。師範は今年70歳。去年辺りに病気が見つかってからも、かかさず稽古に来ていた。 私を含めた数少ない門下生の為に、一生懸命に教えてくれた。 だけど、そんな道場も結局…。 きっと門下生が多くても、道場をたたんでいたかもしれない。 だって、後を継げる人はいなくて、門下生もみんな私みたいな若い人ばかり。 師範の奥さんが、かなり不安そうだったもんな。うん、先行きが不安定だったのは、仕方ない。 「…でも、夕方の一人稽古はサボらずやってるのね」 いくらやる気がなくなったからとはいえ、習慣付いた稽古はもう抜けない。 やらないと落ち着かないもの。 「…母さん、それだけのために呼んだならもう戻るよ」 なんとなく暗い気持ちになってしまったことが嫌で踵を返そうとした。 けど、母さんは私を止めた。 「違う違う、昼ごはんにチャーハン食べたいんだけど、卵がなかったの。買ってきて?」 「は!?」 じゃあチャーハン諦めようよ! いやよ! これって決めたらこれじゃなきゃ! 面倒くさい…自分で買いに行けばいいのに。 そう呟くと見たい番組があるからいけない、とかいいやがりました、マミー。 ふっ、今は太陽が憎らしいのに! 私の日中の活動がどれだけ辛いか分からないのね! もはや吸血鬼だよ、ヴァンパイアだよ! ま、いっか。今のツッコミで暗い気持ちもどっか飛んで行ったし。 私はもらったお駄賃を手に、外へと出かけた。 やっぱり、太陽は鬱陶しかった。っていうか暑すぎて死にそうだ。 だってさー最近、昼間に外出しないんだよ? 世の中夏休みですからね! クーラー効いた部屋で絶賛引きこもり、出かけるのは日が落ちてから。 そんな日常を送ってた私が、何ゆえ炎天下、真夏の太陽の下を歩かなきゃならないのさ…。 頑張って辿り着いたスーパーで卵と、暑くて耐え切れないのでアイスを買った。 お駄賃ちょっと多めだったから、問題ない問題ない! それを頬張りながら帰れば、多少は我慢できる。 …でも、暑いものは暑い。 右手にアイス、左手に保冷機能つきエコバックに入った卵。 アイスはすぐに溶け出してきて…それを見てると余計うんざりする。 「あーもうだめだ。しんじゃう」 アイスも食べきって、もうふらふら歩いている。もし、これが夜中だったらただの酔っ払いだ。 いや、もう人の目とかどうでもいいよ。太陽さえ隠れてくれればそれでいいよ。 「…ん?」 一瞬で、影が出来た。大きな雲が風に流されて私の頭上まで来たんだろうか。 そう思いつつ空を見上げたが、雲ひとつない空にある相変わらずさんさんと輝く太陽。 じゃあ…この真下にある黒いのは何なんだ。 マンホールか、子供の落書きか、打ち水の跡か、はたまたミステリーサークルか。 最後のありえないだろ、とか内心ツッコミ入れつつも、黒いものはその色の濃さをどんどん増して行き、真っ黒になった。 暑さなんてとうに忘れていた。気味悪さで背筋が凍っている。 本当は、動いてさっさと立ち去ろうと思っていたのに…足は動いてくれなかった。 動かそうとはしているのに…固定されてしまっているようで、一歩も踏み出せない。 ああ、なるほど。ゴ○ブリの怨念かしら。ゴキ○リホイホイに捕まった気分なのね、これ。 って、んなワケあるか。仁王立ちのようたポーズのまま、焦りで私の脳内も沸いてきてる。 「誰か――」 助けて、と言葉を紡ごうとした瞬間。地面は地面でなくなった。 何故か落ちて行く私。涙と鼻水が一瞬にして飛び出てきた私。 「ぇえええええええええ!」 叫ぶ、私…! なんで落ちてるの私ー! なるほど、あれはマンホールだったんだね! 不思議マンホールだったんだよ! だから落ちてる! 落ちた先は下水道だよ、なら何とか骨折で助かるかな! いや無理だろ、この落下スピードはよぉおお!! しかも落ちてるって言うのに、体は見事に固定されたまんま。 足をばたつかせようにも、動いちゃくれない! このまま着地できるかな、無理だよね! 仁王立ちで堂々着地できたら、そりゃ華麗だよ! どうにかして足を動かそうと、頑張ってると…ふっと、固定されていた足が動いた。 「やった!」 しかし喜びも束の間。 ドシャッ 私は、華麗に着地していたのだった。 目の前に、男の人が2人いるね。多分、背後にもいるね、気配がするね。 しかも何か、得体の知れないものがある気がするね。 何だろうね。知っちゃいけない気がするね。 「……」 とりあえず、涙と鼻水まみれの自分の顔を拭いてみる。そうとう見苦しいから。 そして、気になるがあえて目の前に居た二人の後ろの何かは見ないで周囲を見渡す。 「…こ、こんばんは?」 どうやら夜らしいから挨拶してみる。 その瞬間、4人のうち3人、立っていた人々に鋭利な刀が向けられる。 それでも卵の入った袋と、食べ終えたアイスの棒を手放さなかった私を褒めてくれ。 「うおぉう!?」 刀って、<なんじゃぁあ!? あ、あれか、これは撮影中だったのか? 実はお母さん、エキストラの仕事を私に任せていたのか? エキストラにしちゃ豪勢な役だな、刀を3人に向けられるんだぜ? 登場の仕方も…ある意味派手だ。 そんなことを考えてはいるけれど、内心ビクビクしている。 だって…向けられている刀は、どう見ても本物だから。 「…誰だ?」 ひとりが低い声色で私に尋ねる。 「…えと、あの、一般人です」 エキストラが出張ってしまったのだろうか。いやいや、私の返答もおかしいだろう。 その返答に眉根がさらに寄せられている。 「一般人、あの、と、いいます」 答が気に食わなかっただろうか、そう思って私は改めて答え直す。 「…手に持ってるものは、アイスの棒と、卵が入った袋、です」 どうでもいいことを、喋り続ける。 「気付いたら、落ちてました。きっと、マンホールに落ちたんでしょう」 うん、きっとあれはマンホール。 「逃げようと思ったけど、足が動かなかったんです」 そう、ゴキ○リホイホイに引っかかったように。 頭に思いついたことを言い続ける。なんとなく、そうしていなくちゃいけない気がしていた。 分かる。私が刀を向けられている。これが映画だろうがドラマだろうが、とにかく撮影とかじゃない。 リアルに、私は…殺されかけている。 「…妙な格好をしているな、異人か?」 「異人って空から降ってくるものなんだ? だったら感心しちゃうな、僕」 「い、いじん?」 異人って…ああ、宇宙人と間違えているのか。 「私、人間ですよ?」 「んなもん…見りゃ分かるだろうが」 「え、だって今、異人って…」 「異国のものだろ、んな奇抜な格好してりゃ」 …異国? あ、外国! いやいや、んな訳ないでしょう! ジーンズにTシャツ。これは普通の格好ですよ、一般的な庶民スタイルだよ! どの国行っても多分おかしいとは思われないはず! 奇抜って…あんたらのほうが、よっぽど。 …いや、待てよ。目の前に居る人の姿を、私はどこかで見たことがある。 姿というか、着ている浅葱色の羽織を。 「しん、せん…ぐみ?」 そうだ。新選組、だ。 「…」 …コスプレ、にしては命懸けだな。本物の日本刀持ってたら銃刀法違反ですよ。 「…え」 じゃーこれは、何だ。 まさか、まさかまさかまさか。 あの任○堂の看板、マ○オが土管に入ったらアラびっくり! 下水道かと思ったら洞窟? はたまた別のステージ!? 的なノリですか? そうなんですか!? マンホールみたいなものにはまったら、別世界…つーか幕末でした、マミー。 「え、ええええ!?」 真夜中に叫んでスイマセン。でも、これは叫ぶしかない状況です!! 「うるせぇ、大声上げるんじゃねぇ!」 「ふぅ、折角この子のことで話が纏まろうとしていたのに」 1人の男――髪は3人の中で一番色素が薄い――が、呆れながらも刀を下げてくれた。 けども、私の興奮は収まらぬぇ! 「…副長、この娘の処遇は如何様に?」 副長って…。 「土方歳三ゥウウ!?」 この目つきの悪い、今にも斬り殺してきそうなこの人ォオオ!! 「だから伏せろと言ったんだ……」 「無意味ですって、ほら。彼女僕らが新選組だって分かってましたし」 「チッ、おい斎藤…」 斎藤って、斎藤って、 「斎藤一ェエエ!?」 うぎゃああああ!! 「――…」 ドスッ 「ッ!」 お腹辺りに、鈍い痛みが…。あ、れ? いつもなら、こんなの、避けられるのに…ああ、冷静さを欠いたから…。 師範の言葉、忘れてた。 『はいつも冷静さを忘れますから。時には一息入れて冷静に』 …痛みに耐え切れず、力が抜けて体が前のめりになる。 それを支えたのは斎藤一。 「な、に」 「黙ってもらうにはこれしかない。アンタには俺達と来てもらう」 なるほど、刀の鞘で、突いたのか。 「…へ…。私に、一発、入れたんなら…」 ――覚えてろよ、コノヤロー。 そう、斎藤一に精一杯呟いて、意識を手放した。 |