ああ、聞こえる。
貴方の心臓の音が遠のいていく。
そうね、貴方は人間。私は人形。
生命の長さは全然違う。
どんどん大きくなっていった貴方。
そして私を追い越し、衰えていった貴方。
でも大丈夫。私はいるよ、最後まで。
500年独りぼっちだった私を救ってくれた貴方の傍に。
腐女子ドールと血濡れ街道まっしぐら
「っ黒姫!どこに向かってるのよ!?」
私の前を行く黒姫はどんどん先に行っているようだった。
そりゃ急がないとあのアクマが追ってくるかもしれないけど…。
「ティムは大丈夫なのかな…」
まぁ、ゴーレムは壊されても自己再生機能ついてるからいいのかな。
ん? でも、たしか前にリナリーのゴーレムがハイパーキックで破壊された時は直らなかったような…。
ああ、そうか! ありゃリナ嬢のキックだったからか!
彼女、黒い邪気を纏ってるから、それに当てられて仕組みもおかしくなってしまったんだね!
ゴーレムだって生きてるんだ、オーイエー!
ってんな馬鹿なこと思ってる場合じゃない!
こっちの方向って…。
「黒姫、ちょいと待ち!」
私の呼びかけで、やっと止まった…。
ってコラ、牙むき出しでこっちを見るんじゃヌェ!
「噛み付かないでよ、非常事態なんだから! こっちの方向…まさか神田を追いかけてるんじゃないでしょうね!」
私がそういえば、『分かってるなら聞くんじゃねぇよブァーカ』とでも言ってるかのように激しく体当たりしてきた。
かなり痛いです…、堅くて痛いですよ黒姫さん。
神田なら確かに上手くやってそうだけど…でも…。
「やっぱ、今更甘えるわけには…」
あーもう、何よ何よ!
今まで一杯迷惑かけてきたんだから、今更なんでもないんじゃないのか!
いつもの私なら迷わず神田を頼るのに!!
羞恥も何もないくせに、何を迷う必要があるの!
こうしてる間にも、神田やアレン…あのアクマだって動いてる。
「っ、黒姫…任務を優先させるためってことで神田のところに行こう!
イノセンスの人形を守る名目だと思えばなんともないさ!」
イエス自己暗示!
こうでもしなきゃやっていけないもん、情けないけど…。
私がそういえば、黒姫は地面に座っている。睨みつけているように、じっと動かないで。
ああでも、牙はまるだしですか…!
「…なんか怖いよ、黒姫」
ボソっと呟くと、容赦なく噛み付いてきやがりました★
ガリッとか言ったぞ! おい!
「ちょっ、待て! そこ頭皮、痛ッ! イタタタタタ!!!」
久々の感覚…血塗れ光臨です!
「スンマセン、マジで! 牙をお納め…ギャァア!!」
締めにすごい一発食らわされ、やっと解放されされた…。
「ッ、ガチでヂゴクを見たよ、黒姫さん…。で、そこに何があるのさ?」
そう尋ねれば、下に向かって体当たりをするような動作をしている。
…まさか、下に? 下ってことは、地下!?
「つまり…この下に行けばいいんでしょうか?」
ってことは、そこに抜け道でもあるのかな?
そう思って黒姫のところで足をコツコツしてみれば、下がなんだか空洞になってるみたいだった。
思い切って石をどければ、案の定階段があった。
「これを降りればいいんだよね? …行こう、黒姫」
私たちは下に降りる。
あー…神田には会いたくない、なぁ。
+
「で、黒姫やい」
下に降りたのはいいけれど…見事にどこか分かりませんけど。
しかも黒姫さん、私の頭の上に定着してるじゃないか。
動いて誘導してくれと言いたいよ。言ったら牙むかれるのは目に見えてる。
とりあえず、歩けばどこかにはたどり着くかな…そう思ってひたすら歩いた。
「その結果、見事に迷ってるよね。まぁ…迷ってるのかどうかも分からないけど」
同じような造りがただ続くだけ…あーもう!
「もういい加減動いてくれ…黒姫ェ。歩きつかれたよ。
そりゃもう、万里の長城歩いてるぐらいに? って長すぎだろ、シルクロードじゃん!
………ひとりで突っ込んでも寂しい、な」
いつもなら、神田が――…。
「ハッ! 甘えちゃかーん! あの環境に慣れた私が悪いのよ! チクショウ神田め!
私に萌え依存の機能を内蔵させたのね! ちくしょー! 今1人だから言っちゃえばいい!
ぶっちゃけ言っちゃいますけどね、私は神田がいないと困るの!
意地張ってるだけ! 神田が私のこと迷惑だとか思っていようがなんだろうが…私には関係ない!」
VIVA、自己中☆ オーイエー!!
ついにぶっ壊れた私。言って虚しくなった。馬鹿な事も卑猥な事も叫んだって、誰も突っ込んではくれないから。
「だけど…だけど神田は…私が居たらいつだって傷つくじゃない。
邪魔なんでしょ? 面倒なんでしょ? 本当は…一緒に任務につくのだって…苦なんじゃない?
私がいるから満足にアクマも倒せない。でも私が死んだらそれも迷惑になる…あー矛盾してるわ…」
とめどなく溢れた思いは…簡単に言葉になっていく。
あーだめだ、涙が出そう…。
「私は…神田と居ちゃ、いけないの…」
ふぅと息をついたとき、ピクリと黒姫が反応した。
そしてふっと…浮かび上がって飛んでいく。
「黒姫!?」
すっと曲がり角に入って行っちゃった!
私は急いで追いかける…そんな私の耳に、
ふと、声が飛び込んできた。
『ち、地下の道はグゾルしか知らない! グゾルが居ないと迷うだけだよ!!』
『お前は何なんだ?』
…神田の声…!?
『私は…グゾルの…』
『人間に捨てられていた子供…だ!!』
なにか揉めてる…?
『ゲホ…私が…拾ったから側に…置いでいだ…!!』
『ぐ、グゾル』
『ゲホッ、ゲホッ』
ああ、深刻そう…きっと、人形の方に限界が来てるんだ…!
神田はきっと、イノセンスを優先したいんだろうね…。
『グゾル…駄目。演技ならもうちょっと上手くやらなくちゃ、バレちゃうわよ!』
『ゲフッ…そうか、ララ? 私は中々上手いと思うのだが…大病抱えた感じが…』
『あーもう、それじゃ駄目よ! やっぱケチャップを仕込んで吐血ぐらい…』
ってこっちが真剣にシリアス入ろうとしとる時に…あーたら…
「声でかい! バレちゃいけないのならもうちょいコッソリ喋れーぃ!!」
はっ! 思わず突っ込んでしまった!!
「ッ!?」
神田がばっと私を見てきた。
うわー!! うわー!! まさか会ってしまうなんて混乱する!
「ちょ、ちょちょ、待って! 神田、これは事故! いや故意になんだけど…
あー!! もうッなんでもいい! イノセンスは無事なんだよね、だったら私は――」
神田はジッと私を見てきた。
ほっとしたような、だけど目はやっぱり鋭くて。
なんでかな。心配してたの? って聞きたくなった。
「今…トマと連絡を取った。アクマしか見当たらなかったと聞いた…」
そっか…それで私もアレンも安否が分からなかったから。
そんな私がここにひょっこり現れるんだからね。
あんなに意地張って、一緒に行かないって言った私が。
「アレンはレベル2に吹き飛ばされたの。辛うじて防いでたから多分大丈夫。
それで私とレベル2が二人きり…そう! 二人きりになったの」
「なんで二人きりを強調したんだ…」
「気のせいよ。気にしちゃだーめ! で、確実に勝ち目がないから…頑張って逃げたの」
『よく逃げ切れたな、お前だけで』
そういう神田に私は冷や汗。
さすがに、“あっちむいてホイ”をして、上手く逃げ切ったなんていえない。
馬鹿にされるのがオチ。見えてるわー。
「あー情報をあげるとしたら、アイツ…頭はいいんだろうけど、単純。神田に似てる」
「どういう意味だ。俺は単純なんかじゃねぇ!」
「いやぁ…神田はいつも六幻、刻む、六幻、刻むって言ってるじゃない、ほーら単純☆……って、あ!」
…今、私普通に…接した…?
神田もそれに気付いたのか…私を見てる。
でも…過ぎるのは神田の内心。神田は、私を…迷惑だって…。
途端、目がカッと熱くなって、急いで顔を逸らした。
「ッ黒姫、何処に行ったの?」
話題を逸らす為に黒姫のことを聞く。
神田は私の内心に気がついたのか、返答が遅かった。
「さっきそっちに飛んで――」
「神田殿」
階段の下から…トマの声が聞こえ、そちらを見る。
んなコッソリ現れなくても堂々とこれば…そう思ってると後ろから黒姫が来た。
黒姫はふわりと私の頭に舞い戻ってきた。
「黒姫…」
様子がおかしい。牙むいてるような、あの殺気がある。
「悪いが、こちらも引き下がれん。あのアクマにお前の心臓を奪われるワケにはいかないんだ」
神田はふっと目を伏せた。
「今はいいが…最後には必ず心臓を貰う」
そうしてくるりと身を翻した。
“巻き込んですまない”
そんなセリフと一緒に。
私はそんな神田の背を黙ってみていた。
彼はトマの連れて来たティムキャンピーの映像を見ていた。
「黒姫、もしかしてティムのところに行ってたの?」
そうだよね…あんたティムなら何処に至って感知できそうだもんね。
そう言っても、黒姫は相変わらずジッと私の頭の上。
どうしてティムのところに行かないの?あ、
「もしかして、照れ隠し?」
なーんて…そうボケてると、容赦なく牙が頭皮に襲い掛かりました。
痛いです、ゴメンナサイ。
「あの…あなたも彼の仲間なの?」
黒姫と格闘してると、女の子が私に話し掛けてきた。
「あ、うん。そうだよ。私は…貴女は?」
「私はララ…こっちはグゾルだよ。お願い…グゾルを助けて。殺さないで!」
「ちょい待ち。さっき演技とか言ってたじゃないか、おい」
「それは…。まぁ成り行きなの」
「はいぃ!?」
ボケボケか? 新手か!?
「これから私たち…一緒に楽園に行くの」
「は?」
「私たちはアダムとイヴ…禁断の二人。人形と人間の恋ってのも…なかなかオツでしょ?」
「いやいやいや! なにゆえアダムとイヴなの!? もしかしなくても電波かお前ェ!」
私のツッコミに、彼女は全く動じない。いや、寧ろ聞いちゃいない!
「うふふ、私とグゾルは大きな宇宙で寄り添いあう地球と月なの」
「ララ〜」
「グゾル〜」
あー…なんだろ。無性に怒りたいのに、怒る気がドンドン失せてゆくー…。
「でも貴女は?」
「へ?」
「貴女は黒い髪のそこの人と、白い髪の男の子…どちらと愛し合ってるの?」
「んなッ!? どっちも違うよ…二人は仲間。教団の」
「…そう」
ララはふっと呟いた瞬間に、何故か目を輝かせた。
「じゃあ、彼らがデキてるのね」
「…はい?」
デキて…んん!?
「禁断の恋…そう! 男同士の熱い友情から発展し、生み出されたのは愛。そう恋愛!
越えてはいけない一線を越えてしまった二人に立ちはだかるのは教団という名の壁!
かくして二人の運命はいかに!? ああ、萌える! 今晩のおかずね」
おかずって…おいおいおいおい!!
…スイマセン。彼女電波だけじゃ済まされない。私と同じ匂いがするけど…強烈過ぎる。
腐女子か。そうか、腐女子なんだな。
「グゾォォルッ! 生き延びてこのネタで漫画を描くわ! メモってるよね?」
「一字一句漏らさずメモったよ、ララ」
いつの間にかペンとメモ帳取り出してびっしり書いてるしさ。
もうええわ。まじで病人じゃないでしょ、キミ達。
「…ということで…行くよグゾル」
「ああ」
「待てぃ。どういうことで行くの! 何処にアクマが潜んでるかも分からないのに」
「大丈夫、私たちはずっとここに居た。この場所のいたるところを熟知してる。
それに今、あのアクマはあなた達エクソシストを標的としてるみたいだから…違う?」
そりゃ、そうだろうけど…イノセンスから目を離すわけにはいかないし。
「大丈夫。私たちは二人で…」
「ララ…グゾルさん…」
「二人で“萌え”の最高峰、コミケ出展を目指すと決めたもの!!」
勝手に行けや!!!
「と、とーにかく! …危険だと思ったら無理しないで」
「それはイノセンスっていうものの心配なの?」
「ううん、私はあなた達を心配してるの」
「…ふふ、ありがとう。でも、私はグゾル一筋だから、貴女とは付き合えないわ。愛人になる?」
「なるか。…ほら、神田が気付く前に」
グゾルさんは小さく会釈して、ララはニコリと笑ってた。
数歩歩いて振り返って私を見た。
「ほんと、ありがとう。2人で生きる、最後まで」
そう、意味深な言葉を残してどこかへと歩いていった。
まぁ…怒られるのは私だけど。生きることにあんなに必死になってる二人を、殺すなんて出来ない。
グゾルさんは人形、なんだよね。でも、なんでだろう。
人形って老体をモデルにしてる? だけど、踊って歌を奏でて…それだったら…。
ララのほうが、人形に見える。
「おい! 人形と子供は何処へいったんだ!?」
後ろから神田の血相を変えた声が聞こえた。あーお叱りが…。
「楽園へ旅立ったよ。二人はアダムとイヴらしいから」
「ふざけるな、アホ」
いや、彼女たちはかなり本気だと思うぞ。
「、なんで放っておいた? 奴の狙いはイノセンスなんだぞ!」
「今はエクソシスト…私たちを狙ってるはずよ! あー! みみっちい脳みそをフル稼動させなさい!
いい? イノセンスなんて、私たちを殺してしまえばいつだって取れるの。
ましてあの単純なアクマのことだから、今はエクソシストに対する『殺人衝動』しか起きてない。
警戒するべきは私達のほうよ、お分かり!? バ神田!」
「バカって言うんじゃねぇよ!」
あ、こいつ絶対分かってないな。
「まずはアクマ! アクマを倒すことだけ考えてなさいよ!」
「だったら言うけどな、あいつは写し取る能力を持ってる。左右反対ででてきたら、ソイツがアクマだ」
「ふーん…あのアクマ、いくら単純でも一応! 頭いいんだよ? そんな簡単に出てくるかな」
私はティムを見た。…って、ティムは勢いよく壁をかじってどっかにいっとるー!!
「ちょっ、ティム!!」
呼び止めたけど、ティムは戻ってこなかった…ど、何処へ行ったんだ!
「どうした」
「ティムがどこかに行っちゃっ……あ、」
何かの気配を感じたと思ったら…向こうから人が歩いてくる。
団服、白い髪の毛…アレンかと思ったけど、あの歩き方はアレンじゃない。
「カ、カ…ンダァ」
不器用に神田の名前を呼ぶのは…
「アク、マ?」
左右逆の…姿。まさか、本当にアクマ!?
「さ、左右逆…っ」
トマが後ずさり私たちの後ろに行く間に、神田は六幻を発動させた。
「どうやらとんだ馬鹿のようだな」
神田に言われたらおしまいですよ、かわいそうに。
そんな簡単に出てきちゃいけないでしょうよ、簡単に。
すぐに神田に壊されるって分かってるのに、全く……。
ん? じゃあ何でアレンはあんなアクマに苦戦したの?
こんな馬鹿で、壊されに来る様な能無しに…なぜアレンは吹き飛ばされた?
…何か違和感を感じる。あれはアレンじゃない。でも…。
私は“アレン”を見る。彼は目を見開いて、精一杯神田の名前を呼んでいる。
そうまるで…何かを伝えようとしているように。
「災厄招来! 界蟲一幻!!!」
薙いだ線から現れたのは…群れた蟲たち。
迷うことなく“アレン”へと向かっていく最中…見えたのは恐怖に歪んだ彼の顔。
…あれは、アクマの顔…? 違う、違うような気がする…。でもアレンはここに居ないし…。
そう迷っていると…
ドンッ
激しい音が聞こえて…
「キミは…?」
アレンの声がついで聞こえた。
「アレン!?」
彼の頭上で飛んでいるのはティム…そうか、ティムが呼んできたんだ!!
庇われた“アレン”は、目に涙を一杯溜めている。…なんで泣くの? 助かったから?
「モヤシ! どういうつもりだテメェ!」
アクマを庇ったと思い込んでる神田はアレンを怒鳴り散らす。
「神田、僕にはアクマを見分けられる『目』があるんです。この人はアクマじゃない!」
私はその応えに確信した…!
ひっかかってた…アクマにしては悲しそうに私たちを見るこの目と言動…!
神田の名を知る人物は…誰?
「ウォ、カー…殿…」
そういった声は…聞いたことのある声だった。
でも、なんで…そんなはずはないけれど…
「トマ!!!」
アレンがはいだ皮の中から、ボロボロになったトマが出てきた。
ここからトマがでてきた…じゃあ、こっちのトマは!?
私が振り返ったとき、“トマ”は居なくなってて…
「そっちのトマがアクマだ、神田!!!」
隣に神田の姿もなかった。
ドンっとまた音が轟いて…壁には穴があいていた。
私は、頭が真っ白で…やっと一言発することが出来た。
「かん、だ…?」
…神田!?
彼の姿を探していると…聞こえたのは…
「ヒャヒャヒャヒャ」
下種な、笑い声。
「か、神田!!!」
「さんッ、危険です!!」
でも、神田が…危ないんだ!!
「神田ァ!!!」
私はわき目も降らず開いた穴の中を進んだ。
…そうしてたどり着いたときには…
神田の体は、血だらけだった。
「いや、だ」
また私、神田を傷つけた。
また、…迷惑かけた。